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萱野稔人と巡る超・人間学【第39回】

世界インフレと日本社会の変化

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

世界的なインフレがついに日本にも波及。日本はなぜ30年もデフレを維持し続けたのか、そして今回のインフレの要因とは? 世界経済環境と日本の変化について、経済学者・渡辺努氏に聞く。

今月のゲスト
渡辺努[東京大学大学院経済学研究科教授]

東京大学経済学部卒業。日本銀行勤務、一橋大学経済研究所教授などを経て、現職。専門はマクロ経済学、主要研究テーマは物価と金融政策。ハーバード大学Ph.D.。株式会社ナウキャスト創業者・技術顧問。主な著書に『物価とは何か』(講談社選書メチエ)、『世界インフレの謎』(講談社現代新書)、『物価を考える』(日本経済新聞出版)など。

萱野 日本ではバブル経済が崩壊して以降、長年にわたってデフレが続いてきましたが、最近ではインフレが日常的に話題になるとともに、それが当たり前のものとして受け止められるようにもなりました。渡辺さんは経済学者として長らく物価についての研究を深めてこられ、2022年に出版された『世界インフレの謎』ではいち早く世界的なインフレへの動きを分析されています。その頃から渡辺さんは日本における現在のような変化を予想されていたのでしょうか。

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日銀の黒田東彦元総裁。(写真/Hannelore Foerster/Getty Images)

渡辺 2022年の秋に出版した『世界インフレの謎』で、日本の消費者のインフレ予想に変化の兆しが現れ始めたことを指摘しています。私たちの研究室では毎年、日本、イギリス、アメリカ、カナダ、ドイツの世界5カ国の消費者2万人を対象に物価に関するアンケート調査をおこなっているのですが、その調査で日本は他の国と比べてインフレ予想が低く、値上げを嫌う傾向が顕著に出ていました。ところが、22年5月におこなった調査では、インフレ予想が上昇し、値上げに対する拒否感もほかの国とさほど変わらないほど緩和されていたのです。そもそも日本社会では物価が動かないことが当然とされていましたが、この結果から、日本の消費者の認識が変わり始めたことを感じました。ただ、この短期間で日本社会でここまで多くの人々がインフレを共通認識として受け入れるようになるとは正直、想定していませんでしたね。

萱野 ほんの数年前まで日本社会では「値上げなんてもってのほか」という意識があまりに強かったですからね。

渡辺 そうですね。象徴的な出来事として、22年6月に当時の日本銀行の黒田東彦総裁が講演会で、私たちのアンケート調査結果をもとに「家計の値上げ許容度が高まってきている」と発言したところ、批判が集中して国会で発言の撤回に追い込まれるということがありました。不規則発言ではなく、あらかじめ精査されたはずの講演原稿にあった発言が撤回されるのは前代未聞のことです。それほどまでに当時の日本社会では「物価上昇なんて絶対に受け入れない」という感覚が支配的だったということでしょう。それを考えると、この3年にも満たない期間に国民の認識が急速に変わっていったことがわかります。

萱野 まさに劇的な変化ですね。

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