コロナ禍前後から東京・新宿歌舞伎町に関連する書籍はブームの様相を呈している。本の主役はトー横に集うZ世代、推し活の究極系・ホスト、大久保公園の立ちんぼなど。かつて暴力と犯罪が支配した歌舞伎町で進む変容を、書籍や関係者の視点から読み解く。
「新しい価値観が、歌舞伎町に訪れようとしている」
15歳の時から歌舞伎町に通い詰め、トー横や盛り場に集う若者の生態を追い続けるライター・佐々木チワワは、慶應義塾大学在学中に上梓した『「ぴえん」という病』①の序文にそう記した。
彼女の予言は正しかった。OD(オーバードーズ)やリストカット、売春行為すらSNS上の「映え」へと回収される「ぴえんカルチャー」。ホストや配信者にどれほど貢げるかで自己承認欲求の充足を図る「推しカルチャー」。
こうした新世代の価値観は、歌舞伎町という特殊な空間を母胎とすることで、ホス狂いや立ちんぼ、頂き女子、トー横界隈などの社会問題を生み出していく。だが同時に「生きる意味」といった社会の共通基盤が自明ではない現代にあって、惑う若者にある種の救いを与えてもいるのだ。既得権者が眉をひそめるものだったとしても、時代の転換点となり得る機運がそこにあった。
そうした変化に、優れた書き手は本能的に引き寄せられる。22年から23年にかけての一年間だけでも、22年8月『ホス狂い』②、22年12月『歌舞伎町と貧困女子』(中村淳彦/宝島社新書)、23年2月『ルポ歌舞伎町』③、23年4月『歌舞伎町アンダーグラウンド』(本橋信宏/駒草出版)、23年7月『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』④など、実力派による著作が多数出版されているのだ。この街で何が起きているのか? 近年注目を集めた歌舞伎町本の著者・関係者への取材を通じ、その実態を探っていく。
書影撮影/増永彩子
①『「ぴえん」という病SNS世代の消費と承認』
佐々木チワワ/扶桑社新書/21年
ODや自殺、ホス狂い、トー横キッズの根底にある承認欲求や不全感を描き出す。推し文化や誇示的消費など、若者の新たな価値観を知る入門書。
②『ホス狂い』(文庫版)
大泉りか/鉄人社/24年
ホストとの疑似恋愛より、大金を使う行為自体に充足を抱くホス狂いの特異な心理を掘り下げる。文庫版では「悪質ホスト」問題が注目された余波も加筆。
③『ルポ歌舞伎町』
國友公司/彩図社/23年
“ヤクザマンション”に住む若手ライターが歌舞伎町の暗部に迫る。風俗嬢のストーカーを脅迫しカネを得る怪人など、この街の暴力の現在が垣間見える。
④『ルポ 新宿歌舞伎町路上売春』
高木瑞穂/鉄人社/23年
大久保公園周辺の立ちんぼらを密着取材。精神疾患や発達障害、愛着障害、これまでタブーだったセックスワーカーの困難と「路上」で体を売るわけを描く。
⑤『管理される心:感情が商品になるとき』
A.R. ホックシールド/世界思想社教学社/00年
「対人サービス労働者は『心』を酷使している」という主張は、ホストや風俗嬢など、昨今の歌舞伎町の主役が直面する現実を読み解く上で貴重な指針。
⑥『若者たちはなぜ悪さに魅せられたのか』
荒井悠介/晃洋書房/23年
「ギャル男から大学助教になった」著者が描く若者不良文化のエスノグラフィ。90年代から00年代にかけての、渋谷センター街のグレーな活動の実情とは。
⑦『生き延びる都市新宿歌舞伎町の社会学』
武岡 暢/新曜社/17年
度重なる浄化作戦を経て、なぜ歌舞伎町が衰退しないか。自らホストとして働き、風俗店や不動産業者、客引きへの膨大な聞き取りを通じて探る知的冒険。