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第1特集
ドキュメンタリー映画で振り返る“五輪の裏”

河瀨直美監督が公式映画で描いたもの、描けなかったもの

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――莫大な予算を投じるオリンピックには、権力者が国威発揚に利用する一面があり、ナショナリズムとも深く関わっている。ベルリン五輪の記録映画『オリンピア』(38年)で知られるドイツの女性監督レニ・リーフェンシュタールは、戦後はナチ親派として批判を浴びることになった。オリンピックの華やかさに惹かれる者は、その深い闇にも気をつけるべきだろう。

興行もさんざんだった河瀨監督の二部作

市川崑監督による五輪公式記録映画『東京オリンピック』(65年)は、太平洋戦争の敗戦国だった日本の完全復興を印象づけ、また世界各国から集まったアスリートたちの躍動美をたたえた名作として名高い。日本国内だけで1950万人を動員し、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(01年)に抜かれるまで、日本映画史最大の動員数を誇っていた。

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(絵/管 弘志)

一方、河瀨直美監督の東京オリンピック公式映画『東京2020オリンピック』は、2022年6月に『SIDE:A』『SIDE:B』と二部構成で全国公開されたが、2本とも興収結果は惨敗だった。公開直前に「週刊文春」(文藝春秋/4月28日発売号)が、前作『朝が来る』(20年)の撮影中に起きた河瀨監督の撮影スタッフへの暴行騒ぎを報じたこともあり、作品自体が話題になることはほとんどないまま公開を終え、現在はAmazon プライム・ビデオなどで配信されている。

時代が違うために単純に作品の優劣はつけられないものの、アニメーション畑出身の市川監督がアスリートたちの動的な美しさをクローズアップすることにシンプルにこだわったのに対し、河瀨監督はジェンダー問題や難民問題といった社会的要素を多く盛り込み、スポーツドキュメンタリーとしては希薄なものになってしまった。

アスリートたちを追った『SIDE:A』では、子育てのために五輪出場を断念した日本女子バスケの大﨑佑圭選手、イラン生まれながらモンゴル代表として出場せざるを得なかった柔道のサイード・モラエイ選手くらいしか印象に残らない。コロナ禍で思うように取材できなかったことも要因だが、ねちっこい演出を信条とする河瀨監督にしては淡白すぎる内容だった。

トラブル続きだった東京五輪の舞台裏を映し出した『SIDE:B』のほうが、見どころは多い。五輪の開催延期に伴い、開閉会式の総合演出を任されていたMIKIKOの途中辞退に続き、組織委員会の森喜朗会長の女性委員に対する軽率な発言、MIKIKOに代わって演出チームを統括した元電通の佐々木宏氏の不適切演出の発覚……。コロナ禍となだれ式に起きた退場騒ぎをカメラは映し出している。

その結果、チャン・イーモウ監督による北京五輪、ダニー・ボイル監督によるロンドン五輪の開会式の豪華さに比べ、東京五輪のそれはあまりにも貧相だった。国際的な存在感を失いつつある日本という国は、自民党や電通に頼っていてはどうにもならない状況であることが露呈された。日本の沈みゆく様子を記録したという点において、『SIDE:B』は後世に評価されるかもしれない。

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