――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
[今月のゲスト]
田中秀和(たなか・ひでたか)
[元航空管制官]
1983年愛知県生まれ。2001年国土交通省入省。03年航空保安大学校卒業。同年、那覇空港に管制官として赴任。08年、中部国際空港に赴任。主任管制官などを経て20年退職。
1月2日、羽田空港のC滑走路上で日本航空機と海上保安庁の小型航空機が衝突した。今回の事故で航空管制官という存在がクローズアップされているが、そもそも管制とはどのような職業で、なぜ事故は避けられなかったのだろうか。「フェイルセーフが働かなかった理由を解明しない限り、安全性は向上しない」という元航空管制官の田中秀和氏に話を聞いた。
神保 今年は新年早々、1月1日の能登半島地震に続いて、2日には羽田空港で航空機の衝突事故がありました。ニュースで日本航空(JAL)の大型機が炎上する映像が流れた時にはヒヤッとしましたが、379人の乗客・乗員は全員ギリギリで機体から脱出して無事でした。しかし、大破した海上保安庁の小型機では、機長を除く5人の乗組員が犠牲になりました。
滑走路上で航空機同士が衝突して炎上するなど、本来あってはならないことです。なぜあのような事故が起きたのか。その原因を探るべく、今回は「航空管制」の専門家にお話を伺っていきます。
宮台 日本には原因究明についての免責がないということに関連するかもしれませんが、エラーや間違いがあっても大丈夫なシステムがあるかどうかが気になります。
神保 そうしたことも含めて勉強させていただきましょう。本日のゲストは元航空管制官の田中秀和さんです。田中さんは那覇空港、中部国際空港で17年間にわたって航空管制官として勤務されてきました。3年前に退職され、現在は航空教室を開催するなど、航空業界の啓蒙活動をされています。
管制の仕事はミスが事故に直結してしまうため、非常に神経を削る仕事だといわれています。また人員にも余裕がなく、辞める人も多いと聞きますが、実際はどうなのでしょうか。
田中 私はストレスとうまく付き合えるほうだったので、そういうことはありませんでした。ただ、全国的にみてメンタルを病んでしまう管制官が非常に多い。真面目な方ほど、人命を預かっているという事実を背負いすぎて、精神を壊してしまう。一方でそれを忘れてゲーム感覚になってしまうのはもっとよくないと考えており、航空管制官の職責を真剣に受け止めた上で、私のようにうまくストレスを消化していく者が仕事を続ければいいのではないかと思います。
神保 航空機というのは、管制官がミスを犯せば、いつ衝突してもおかしくないという状況にあるのでしょうか。
田中 少し違います。管制官の仕事は、管制間隔をとることです。航空機間の高度や距離、時間について基準を守る仕事であり、それは「衝突するか、しないか」のだいぶ手前の話です。管制官からすれば管制間隔を切ってしまうことが問題で、ぶつかるという段階までいくことはほとんどない。レーダーの距離でいうと3マイル(約4・8キロメートル)、高さは1000フィート(約300メートル)のバッファーをとっていますが、飛行機にしてみればそんなに余裕はなく、その距離を切ってしまうことが管制官としてはバイオレーションになります。
神保 ある程度のバッファーが設けられているということですね。
現在、日本には航空管制官が2031人います。航空管制官になるためには国家公務員専門職試験である航空管制官採用試験に合格する必要があり、合格すると国土交通省に公務員として任用されます。その後は、航空保安大学校での8カ月の研修を経て、日本各地に配属されていきます。法的には、航空法に基づいて国交大臣が与えることになっている航空機への指示をする権限が、航空管制官に委任される形となっています。「管制」にもいくつかの種類があるそうですが、実際にはどんなものがあり、どのような役割分担になっているのでしょうか。
田中 管制官の仕事は大きく分けて、管制業務、飛行情報業務、警急業務の3つです。これは航空路管制、ターミナル・レーダー管制、飛行場管制のいずれについても言えます。
皆さんがなんとなく想像する管制官の仕事は、ひとつ目の「管制業務」。管制間隔を取るということだけではなく、円滑な流れを作るという安全と効率にかかわる業務です。2つ目の「飛行情報業務」は、パイロットに気象情報を渡したりフライトに関する情報を与えたりすること。3つ目の「警急業務」は事故や遭難に際した航空機に対する支援など、緊急事態にかかわるものです。
飛行場で行われる飛行場管制は、一般的な場合は半径9キロメートル、高さ900メートルの円筒形範囲を管制し、滑走路の離着陸許可や地上の移動などにかかわります。
神保 飛行機が飛んできて空港から9キロメートル以内に近づくと、その空港の「管制下に入る」のですね。
田中 そうです。出発機の場合、飛行場管制の離陸許可を得て離陸し、半径9キロメートル、高さ900メートルのエリアを出ると、今度はターミナル・レーダー管制が安全を担保します。さらにそのエリアを出ると、航空路管制をしている人に引き継がれる。管制官はそれぞれの守備範囲の管制をして、リレー方式で飛行機の面倒を見ています。