――視聴率はともあれ、『光る君へ』が“いろいろな意味”で話題だ。大河ドラマとしては久しぶりの女性主人公であり、ラブストーリーの名手である脚本家による同作だが、大河ドラマの歴史をひもとくと「大河」そのものの流れを変えた、女性主人公作品が確かに存在するという。作家、歴史エッセイストの堀江宏樹が解説する。
『光る君へ』の主役を務める吉高由里子。(写真/GettyImages)
NHKの看板番組といわれる「大河ドラマ」。1963年の第1作『花の生涯』から、2024年の第63作『光る君へ』まで歴史がつながれ、すでに「大河」の存在自体が日本史の一部といえる気がする。現在でも根強いファンも多く影響力は大きいが、近年ではマンネリ化が囁かれ、ジワジワと視聴率が落ちていることもあって「大河」は役割を終えたのではないか、という論も出ている。
しかし、『NHKアーカイブス』公式サイト内「大河ドラマ 制作者座談会」という記事を読むと、「大河」が終焉にもっとも近かったのは、放送開始直後だったようだ。幕末の悲劇の大老・井伊直弼を主人公にした『花の生涯』は、テレビ放送開始10年の節目を記念する作品として制作されたという。当時、庶民の娯楽の中心は映画で、テレビは「電気紙芝居」と呼ばれる傍流のメディアにすぎなかった。
そもそも「大河」は、歴史上の登場人物を主人公とした「歴史ドラマ」として企画されたが、特に最初期の「大河」においては、NHKのスタッフがテレビというメディアの威信をかけ、映画業界から人気俳優を引き抜くべく、「テレビもこれだけ内容のある作品が作れる」と見せつけるため、あえて格調高い「歴史ドラマ」というジャンルが選ばれたのかもしれない。
当初はNHK内での名称も「大河ドラマ」ではなく、「大型娯楽時代劇」だったという。第2作『赤穂浪士』(64年)の時、読売新聞が毎週日曜日の夜8時から45分、1年間の放送期間というドラマのあり方を人の一生を描く大河小説風に「大河ドラマ」と表現したのをNHKが気に入り、正式名称として採用したそうだ。
「大河」の放送開始から今年で62年目(63回)を迎えた。すでに「大河ドラマ」の番組自体が「大河」と呼ぶしかない存在となり、紆余曲折を経ながらも、今日に至るまで流れ続けている。
しかし、21世紀になってからは、NHKのもうひとつの看板番組「連続テレビ小説」とは対照的に、「大河」においては『篤姫』(08年)を最後にメガヒット作品が出ていない。数字面だけでなく、次代に成功例として語り継げるだけの影響力の作品がどれほどあるのかといえば、少々、心もとない状況が続いている。「大河」であるべきなのに「小川」のようになってしまった感は否めないのだ。
NHKは国民の受信料に支えられ番組を制作しているので、影響力の低下を理由に現在でも巨額の制作費が費やされている(らしい)「大河」廃止論は出やすいのだろう。そこまでは望まないが、現状の「大河」に不満を持つ層は筆者の周辺にもチラホラといる。彼らの口からよく聞くのが、「最近の『大河』はダメになった」という声だ。
『独眼竜正宗』
放送:1986〜87年度 原作:山岡荘八『伊達政宗』 出演:渡辺謙、北大路欣也、岩下志麻、勝新太郎、桜田淳子 ほか 脚本:ジェームス三木 演出:樋口昌弘 ほか(絵/河合 寛)
彼らの多くは現時点でアラフォーからアラフィフ、つまり40~50代前後の世代で、1980年代~90年代初頭に放送された『独眼竜政宗』(87年)、『武田信玄』(88年)などの名作群──本稿ではこれらの作品群を「黄金期大河」と呼ぶことにする──を多感な時期に体験し、「あれこそが『大河』の理想形だ」と感じているようだ。ちなみに『独眼竜政宗』の脚本を担当し、同作を大ヒットさせたジェームス三木先生は、『政宗』が最初の本格的な歴史ドラマの仕事だったというから驚きである。その後は『八代将軍吉宗』(95年)もヒットさせたが、2000年代前半──つまりゼロ年代には、執筆活動の第一線からは退いてしまった。
しかし、アラフィフ以上の年齢の「大河」ファンに聞くと、「大河」がダメになったと感じた作品としては、三谷幸喜先生の『新選組!』(04年)だと答えるケースが多い気がする。一方、その年代以降の「大河」ファンの多くは、思春期に見た『新選組!』を好意的に受け止めて成長しているし、『真田丸』(16年)や『鎌倉殿の13人』(22年)などの最近の「三谷大河」も、重厚な歴史ドラマとして評価しているはずだ。歴史上の人物が「ムカつく」など、現代日本の若者言葉を話す三谷流のスタイルは『新選組!』から変わっておらず、時代と視聴者の好みが、三谷先生に追いついたということか。
しかし、その三谷作品も視聴率というファクターから眺めれば、「黄金期大河」には及ぶべくもない。「大河」の歴代最高全話平均視聴率は『独眼竜政宗』の39.7%だし、放送からしばらくは低視聴率大河の代表だった『花の乱』(94年)でさえ平均14.1%もあった。
それでは2000年代初頭、「ゼロ年代大河」としては全話平均24.5%という最高視聴率を叩き出し、その後の「大河」の流れも大きく変えた『篤姫』とはどんな作品だったのだろうか。