――偶然の出会いが必然を紡いでいく不可思議な未来。パイロットに憧れた男が生粋の“刺繍マニア”になるまで。
(写真/成田英敏)
当たり前のように身の回りにありながらも、なかなか主人公になりづらい芸術「刺繍」。花や動物などの可愛らしい手刺繍を思い浮かべるかもしれないが、横振りミシンを使って斬新なデザインと毒々しくも美しい色使いで刺繍業界に新しい風を吹かせている人物がSHISHUMANIA/刺繍麻似合こと、福盛拓馬氏だ。今回はそんな彼を意外な過去とともに紐解いた。
――刺繍との出会いというのは?
「小さい頃からパイロットになりたくて、地元の宮崎を出て、航空自衛隊生徒に入隊しました。自分が所属していた部署は胸にワッペンを付けていて、全国で活躍する先輩たちは所属部隊のワッペンを付けて帰ってくるんですが、その刺繍がかっこよくて。階級や部隊が変わるたびにワッペンを縫い替えるんですが、余った糸で刺繍を始めたのが最初でした。でも、入隊して2年生のときの適性試験で落ちて、パイロットに向いていないとわかってしまったんです(笑)。そこで『これから何をしよう』と考えたときに、自分なりの刺繍を極めたいと思いました」
――その後自衛隊をやめて、刺繍作家の弟子入りをしたんですよね。
「それまでは手縫いだったんですが、修業先で横振り刺繍を習得しました。ちなみに弟子入りを志願した際、『120万円払え』と言われ、自衛隊の退職金を使って支払った……ので弟子入りってわけでもないですよね(笑)。極端な話、刺繍業界は70~80歳くらいの高齢者が多いんです。下の世代を育てる環境が整っていないから、若い刺繍家も生まれない。そんな状況に未来を感じなくて、独自のスタイルを築かなきゃダメだと思うようになって。最後は修業先の先生と仲違いをしてやめたんですが、『この業界で仕事をさせなくしてやる』と言われました」