サイゾーpremium  > 連載  > 【ウェジー・アーカイブス】西森路代×河昇彬

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韓国ノワールの魅力に迫った1冊『韓国ノワール その激情と成熟』(Pヴァイン)を6月に刊行したライター・西森路代と、政治学研究者でありK-POPなどの韓国カルチャーを日本に紹介している河昇彬(ハ・スンビン)によるオンライン対談イベントの抄録加筆版。韓国ノワール、そして社会の変遷と「力」の描写について語り合った。

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西森路代氏による著作『韓国ノワール その激情と成熟』(Pヴァイン)。

西森  6月にPヴァインから『韓国ノワール その激情と成熟』という本を出しました。韓国ノワールの変化や魅力を、私なりに探っていく1冊です。最初に、河さんのご感想をお聞かせいただけますか?

 結構な数の作品を見られているな、というのが率直な感想です。韓国はどちらかというと娯楽がそんなに多くないので映画を見る人が多いんですけど、紹介されている作品には僕が見てないものもすごく多かったりして、ここまでの映画を見てその感想を残しているのに驚きました。さらに、そこから韓国社会についての理解を引き出そうとしているんだろうな、というのがひとつ。もうひとつは、多分西森さんが意識的にされていることなんですが、政治の話であったり、社会の話であったり、女性の話であったり、そういういろんな要素を通じて、日本に対してのメッセージをこの本に書かれたんじゃないかというふうに思いました。

西森 すごく短い期間で集中して書いた本なのですが、韓国ノワールについて韓国社会のことも考えながら書いているうちに、最後のあたりで日本社会に言いたいことが出てきたんです。

もともとこの本は、最終的にどこに向かうかを想定せずに書き始めたんです。韓国ノワールをたくさん見てきたし、面白くて語りたい良い作品があるので、それを本にしたいなと思っていて、いろんな人に「いつか韓国ノワールの本が出せたらいいな」と何気なく言っていた1年後くらいに、Pヴァインの編集さんから声がかかって書き始めたんですね。

もうひとつ言うと、韓国ノワールのような、「男性が見るもの」というイメージを持たれているジャンルを女性が批評したり語ったりすることって煙たがられるところがあったので、そういうイメージを覆したいとも思っていました。韓国ノワールに描かれた暴力性や権力については男性にしか語れないというのだったら、最近の韓国ノワールに描かれているそれ以外の部分の魅力をちゃんと語れていないんじゃないか、と思っていたので。

 韓国映画がだんだんと力と勢いを増してきた2000年以降の作品から最新作までいろいろ見てきて、一番どういうところが映画として変わってきたと思いましたか?

西森 00年代の『シュリ』(00年)と『JSA』(01年)の頃からリアルタイムで追いかけ始めて、それ以前のものは後追いで見たんです。アジアのエンタメの仕事を始めた05年、06年ぐらいからは韓国映画を試写室で見るようになりましたが、正直、最近ほどは面白い映画に当たる率は高くなかったんです。ノワールではないんですが、観客動員600万人を記録した『私のオオカミ少年』(13年)あたりから動員数と面白さが比例するようになってきたと思いました。あと、本を書くためにいろいろ見返していて気づいたんですが『生き残るための3つの取引』(11年)くらいから、あらすじやキャラクター、人間関係の説明が急に複雑になるんですよね。

 なるほど、なんとなくわかります。僕の感覚からすると、観客動員1000万人を超えた『シルミド』(04年)や『ブラザーフッド』(同)ぐらいからだんだんとみんなが映画を見るようになっていったんですが、そのあたりでキャラクターが複雑な設定の作品が増えていったように思います。西森さんのおっしゃる通り、警察、検察、そしてヤクザそれぞれの思惑に翻弄される主人公を描いた『生き残るための3つの取引』あたりの時代からは、さらに良い面と悪い面を両方持っているキャラクターが増えてきますね。

西森 そうなんです。それと利権や力関係が複雑に絡み合ってくるので、誰が何をしてどうなったみたいなのが単純に説明できなくなる。大きな変化のひとつだと思います。

 ほかにも何かありますかね。

西森 私がもともと好きだった香港ノワールに比べると、韓国ノワールって感情面の表現があまりうまくなかった印象があったんです。「このシーンは、その前にこういうシーンがあったからグッとくる」みたいな展開が、まだうまく成立していなかった。でもそれが、潜入捜査中にヤクザとの絆が生まれる警察官の物語である『新しき世界』(14年)や、テロリストからの爆破予告電話を生中継する『テロ、ライブ』(同)あたりで、グッと引き寄せられるストーリー展開が生まれ始めた、すごく面白くなっているなと思いました。

 西森さんのように韓国映画の中でノワール作品に注目した人は、たぶん今までそんなに多くないと思います。

西森 そうなんですか?

 もちろん、みんなノワールは昔から大好きなんですよ。でも、ノワール映画だけを語ろうというのは、あまり聞いたことがないなと思うんですよね。韓国映画界の巨匠イム・グォンテクさんが監督を務めた『将軍の息子』(日本では劇場未公開)という三部作のヤクザ映画があります。この作品はどちらかというと王道のヤクザ映画に近い作品ですが、その後『グリーンフィッシュ』(00年)や『ナンバー・スリー No.3』(日本では劇場未公開)などで力が弱まった後のヤクザの世界で若者がどう生き残るかが描かれるようになった。それが2000年代になると、政治や利権の問題など、だんだんとテーマが大きくなっていったような感じがあります。

西森 そうですね。

 そういう韓国ノワールの変化にピンときて、「韓国ノワール」でまとめられたのかな、と。

西森 それも、もちろんありますね。先ほどお話しした通り、ノワールというジャンルへの興味は以前からあって、いろんな作品を見ていくうちに韓国ノワールが好きになった感じなんです。あと、例えば『新しき世界』が好きな日本の女性の中には、韓国ノワールから男性同士の感情を読み取る人がすごく多いと思うんですよね。私にもそういう感覚があるので、韓国ノワールというジャンルで書くのは自然なことでした。

 なるほど。男性同士の関係については後でお話しさせてください。僕としては、いわゆるノワールには、韓国社会の中での力関係が、やっぱり大きく現れていると思うんですね。検察や警察、政治であったり、時にはメディアであったりとか、権力との戦いが韓国ノワールにとって重要で。そういうところをどのように描いているのかが、評価の対象になる。この本は、そうした「力」に注目されていますよね。

西森 そうですね。『生き残るための3つの取引』を例に出すと、いま河さんがおっしゃった通り、権力の関係性を描いているところも面白さでした。今回の本には入っていませんが、すごくヒットした『新感染 ファイナル・エクスプレス』(17年)にしても、列車の中でゾンビ(感染者)から逃れる人たちには貧富の差や体格差、年齢の差、ジェンダーなどによって、持っている「力」の量がそれぞれ違うということが描かれている。例えば、おばあさんは子どもよりも体力がないんですよね。年齢で考えれば子どもよりも社会的な力は上かもしれないけれど、体力の面では逆転することもある。

 政治家も登場しますし。

西森 マ・ドンソクは腕力を持っていたし。韓国映画ってノワール作品以外でも、そうした力関係、権力関係を描いている。そこが面白さだと思うんですよね。

 韓国の権力構造というのは、日本とは少し違うんですよね。大統領という圧倒的な権力がひとつあり、その中に検察などの強い権力がある。韓国人にとってそういう存在は、不正があった場合、批判する対象、抵抗の対象なわけなんです。

西森 『インサイダーズ/内部者たち』(16年)では、財閥と政治家の癒着を告発すると韓国社会でどんなことが起きるのかが描かれていますよね。巨大な悪が出てきても、最終的に腐敗を暴くことができる。でも日本だと悪事が発覚しても、そもそも告発すること自体が社会に迷惑をかけているみたいになっている。そこはすごく大きな違いだなと思いました。

 日本でもそれに近い映画として『新聞記者』(19年)という映画がヒットしましたよね。政治権力に抵抗する新聞記者の話だということで注目されたと思うんですが、ああいう作品は少ないんですか?

西森 古い作品にはあったのかもしれません。ただ近年に関しては、『新聞記者』があれだけ話題になったり、珍しいものとして扱われたということ自体が、日本での少なさを物語っている気がしますね。しかも、巨悪を暴いて告発しても、あいまいなところで仕方なく決着するものも多いです。それが現実だ……と。

 韓国は軍事政権時代が長かったので、政権への抵抗が当たり前の社会になっているんですね。だからそういう人たちが描かれている映画も、やはりすごく多いんですよ。本の中で扱われている多くの作品も、そういう社会を生き残った人たちの話が描かれている。僕も韓国映画の面白さって、そういうところなんだろうと思います。

西森 日本において、「意見したり、反対したり、抵抗したりが本当に難しいなあ」みたいな感覚が強いと思うんですけど、「抵抗しないと本当にまずいよ」というのを描こうとしたのは、脚本家の渡辺あやさんの作品なんかはそうだと思いますね。自分の意見を言うことが苦手でアナウンサーを辞めた主人公が大学の広報で働くうちに、大学の腐敗に気づいて変わっていく、ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』(NHK)とか、冤罪事件の真相を明らかにしようとする女性アナウンサーを主人公に書いた『エルピス-希望、あるいは災い-』(フジテレビ系)とか。あとは野木亜紀子さんの作品も、外国人労働者問題であったり、女性の貧困とか、沖縄の基地問題とか、そういう日本にある問題点を描いていますね。日本の場合、そういう作品は映画よりもなぜかドラマのほうが多いと思います。

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