(写真/Shunichi Oda)
――映像エンタメにおけるデータマーケティング事業を展開し、業界内で根強い支持を集めているGEM Partners株式会社。警察出身という異色の経歴を持つ同社CEOが語った“映画×データマーケティング”の今。
GEM Partners 株式会社
設立年:2008年 代表取締役:梅津 文
映画をはじめとするエンターテインメントビジネスにおいて、デジタルマーケティングやリサーチ、データプラットフォームサービスなどを展開。映画の興行収入予測や動画配信等の仔細なインサイトデータに定評があり、興行会社から製作・宣伝・配給、テレビ局各社や広告代理店、動画配信事業者に至るまで、映画に携わる国内有名企業が軒並み利用している。
国内の映画産業において、公開作品の浸透度(認知・興味・意欲)やテレビ露出量、興行収入シミュレーションなどのリサーチデータを提供し、関係者の間で根強い信頼を獲得しているのがGEM Partners 株式会社(以下、GEM社)だ。2008年設立という新興の会社ながら、取引先に国内映画産業の主要企業が軒並みであることからも、その急成長ぶりがわかるだろう。
同社CEOの梅津文氏は97年に警察庁に入庁。米留学をへて、02年には世界的コンサルティング会社であるマッキンゼーに転職し、08年にGEM社を設立した。梅津氏は「もともと業界の発展に役立つようなインフラや仕組み、新しいやり方をつくることに興味があった」と話す。警察庁に入庁したのも、外国人犯罪の増加などを背景に当時の警察が国際化を迫られる中で、グローバルな警察の組織づくりに着手していたことに興味を引かれたからだった。
入庁後、留学制度を利用して渡米していたさなかに、アメリカ同時多発テロが勃発。世界が分断される中で、フロリダ・ディズニーワールドのパレードを観てエンターテインメントの力に心打たれた。同時期に出会ったマッキンゼーの採用担当者の言葉に感銘を受け、エンタメビジネスへの転進を決意。
マッキンゼーに入社すると、製薬から製造業、公共インフラまでさまざまなクライアントを担当。会社としてエンタメに関するクライアントワークはほとんどない中で、通信会社のプロジェクトではエンタメビジネスに近いことができていた、と梅津氏は話す。並行して、夜間の映画専門の大学院大学にも通った。こうした中で、映画関連ベンチャーの立ち上げメンバーとして声をかけられ、代表取締役としてGEM社を設立することとなる。
「映画業界関係者から『出資者にとっては、広告宣伝費が一番使われ方や効果がわからない』という話をよく聞いていました。制作費はキャストのギャラや撮影料など、何にお金を使ったかが明確だけど、広告宣伝費は制作費と同じくらいかかるのにまるで空気を買っているような感覚があって気持ちが悪い、と言っている人がいて、ならば、そこに事前リサーチやデータ分析が入り込める余地があるのでは、と思ったんです」(梅津氏)
梅津氏は事前のマーケティングリサーチによって、作品のターゲット層や訴求要因を科学的に検証し、宣伝戦略に盛り込むことを提案。すでにマーケティングリサーチ自体は映像業界でも前例があったものの、ゼロベースで課題を整理して、仮説を作成・調査というアプローチが面白がられ、劇場版『セックス・アンド・ザ・シティ』(08)の宣伝リサーチ分析を手がけることとなり、大ヒットに貢献した。
現在、GEM社の主な事業は「定点観測のデータトラッキング」「リサーチ」「デジタル広告」の3本柱となっている。中でも、劇場公開映画の定点観測レポートである『CATS』は、公開前後の映画作品の浸透度(認知・興味・意欲)の推移、メディア露出量や興行収入のシミュレーションなどを掲載。この『CATS』は今やほとんどの映画関連企業が契約をし、映画業界でひとつの共通指標、デファクト・スタンダードとなるまでに成長した。
「『CATS』がここまで浸透した理由は簡単で、興行収入の“予測”を出したからです。09年に同サービスを始めたものの、当時はすでに作品の認知度調査といったレポート商品が複数存在していました。後発の中で、何社か契約は取れたけどなかなか広がらずに、毎週の膨大な調査費用だけがかかってくる。悩んだ末、蓄積した意欲度のデータを基にして、全部の作品で公開週末興行収入の“予測”が出せると思って、それを載せたんです」(同)
認知度や意欲度と実際の興行成績に相関性が見られても、それまで業界内で“興行収入の予測値”を明確に提示するリサーチ会社は存在していなかった。すべての作品について予測し、それを発表するには、膨大なデータと労力が必要なだけでなく、外れたときに批判を受けるからだ。そんな中、GEM社はあくまでも過去データからシミュレーションされた目安とした上で“興行収入予測”を掲載。また、その一部を営業の際に名刺交換した人々へメルマガとして送ることを始めた。すると関係者の間で「面白い」と評判になり、瞬く間に広まっていった。
「業界に飛び込んで気づいたのは、映画業界の方々って、まず世間話として新作映画の興行収入予想の話をしている、ということです。興行収入は、誰もが気にかけて話題にすることでした。そこで、誰も買っていないうちのデータを使えば予測ができる。そうしたらみなさんに見てもらえるかもと思いました。結局、ビジネスパーソンは円マーク(お金)が付くか、金額に直結したデータじゃないと興味を持たないんですよね」
その後、『CATS』は配給会社内の一部の人だけでなく、映画の配給興行に関わる多様な立場の人々が共有するレポートとなり、契約者数も連鎖的に増えていった。
「それまでトラッキング調査のデータは各社の中でも限られた人しか見ていなかったけれど、メルマガやウェブでオープン化することで製作、宣伝、配給、そして興行会社の人なども気にするようになりました。たとえば、天気予報は外れることもあるけれど、日々の行動を決めていく上では、ないよりはあったほうがいいですよね。そんなふうに、業界関係者みんなが共有する指標を提供できたことに価値があったのだと思います」
近年でこそデータマーケティングの重要性はさまざまな分野で広く喧伝されるようになったが、さらに有効活用する余地はあるだろう。映画業界でデータマーケティングが進んでいる事例として、梅津氏は中国を挙げる。同国ではチケットサービスが個人のほかのデータとも完全に連携しているため、どんな人がどの映画を観たのか、さまざまな個人情報と紐付いている。「ある意味、究極のデータマーケティングが実現されている世界」(同)だ。一方で、日本や欧米ではプライバシーの問題もあり、すべてのデータを一元管理できるわけではない。それでも海外では興行会社が自社の会員データを基に調査データを一元化し、大規模投資するといった動きも見られている。データと個人情報がどのように扱われるかは、映画業界に限らず、今後も議論が続いていきそうだ。