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萱野稔人と巡る超・人間学【第32回】

人間の利他行動と日本社会

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

人間は利己的なのか、それとも利他的なのか。その根源的な問いから日本の連帯の可能性について、『やさしくない国ニッポンの政治経済学』の著者・田中世紀氏と語り合う。

今月のゲスト
田中世紀[フローニンゲン大学助教授]

1982年、島根県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、オランダ王国フローニンゲン大学助教授。専門は、政治学・国際関係論。著書に『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』(講談社選書メチエ)がある。


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新型コロナウイルス感染症の法的位置づけは変わったが……。(写真/GettyImages)

萱野 日本では新型コロナウイルス感染症の法的位置づけが季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行してからも、多くの日本人はなかなかマスクを外しませんでした。これは欧米諸国とはまったく異なる風景ですね。では、なぜなかなかマスクを外さなかったのかといえば、本人たちからよくだされたのが「皆がつけているから」という理由でした。ここから「日本社会は同調圧力が強く、集団主義的である」という指摘もしばしばなされました。しかし、田中さんは著書『やさしくない国ニッポンの政治経済学』(講談社選書メチエ)の中で、実は日本社会は集団主義的ではないという見方を提起しています。はたして日本社会は集団主義的なのかどうか。この問いを考えるためには、まず集団主義とは何かということを見定めておく必要があるでしょう。集団主義とはさしあたって個々人が自分の利益よりも集団の利益を優先する傾向を指すと考えることができますが、しかしそれは、別の見方をすれば、個々人は集団の利益を優先させた方が結局は自分の利益になると考えるから集団の利益を優先する、ということなのかもしれません。そうなると集団主義的といわれるような現象の根底には利己主義があることになります。つまり、ある社会が集団主義的かどうかを考えていくと、利己主義と利他主義はどのような関係にあるのか、人間はそもそも利己主義的なのか利他主義的なのか、という問題にまで行き着かざるをえません。こうした根本的な問いについて田中さんはどのようにお考えでしょうか。

田中 私個人としては、人間の本質は国や地域によって変わるものではないと考えています。人間の行動や思考が社会によって違って見えるのは、社会の構造やその特性ではないか、と。それを前提にして「他者を助ける」という人間一般の利他的性質について考えると、私は純粋な利他的行為は存在しないと思います。なぜなら、他人を助ける行為には必ず何らかの利己的な要素が含まれるからです。たとえば、迷っている人に道案内をすることで、「良いことをした」と感じることもあるでしょう。そこには、自分自身が良い気分になるというベネフィットがあるわけです。また、人間は助ける相手を選ぶ際に、「優先順位」をつけてしまう傾向があります。たとえば、自国の人と外国の人が同時に困っていた場合、多くの人は自国の人を助けますし、同じコミュニティに属していたとしても、自分の家族や親族を他人よりも先に助ける選択をするんですね。これらの傾向を考慮すると、人間の利他的な行動には何らかの利己的な要素が含まれているといえます。

萱野 より身近な人を助けようとするということは、助けることが自分にとってメリットとなりやすい相手を助けようとするということですからね。

田中 人間は生存を守るための最適な選択を行うことで進化してきました。自分の食料の配分を得たり、危機的状況で助けを得たりするために周囲の人々を助けることは、自分の生存を確かなものにする選択になるわけです。進化心理学的な観点では、こうした行動をしながら進化したことが、より身近な人々を助けるという人間の行動につながっていると考えられます。

萱野 多くの人にとって、自分の家族を他人よりも優先して助けることはあまりにも当たり前のことです。それだけ、より身内の人を助ける行動は人間の本性に根差しているということでしょう。そこに自己の生存可能性を高めるという目的があるのだとしたら、人間は利己的であるからこそ利他的な行動をとるとさえ解釈できそうです。

田中 他人を強く思いやる傾向があって「自分は純粋に他人を助けている」と思っている人々からは反発があるかもしれませんし、実際、多くの人は利己的な意識を持たずに利他的な行動を取っているでしょう。しかし、その背後には利己的な意識がプログラムされている可能性があるのです。

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