――通信・放送、そしてIT業界で活躍する気鋭のコンサルタントが失われたマス・マーケットを探索し、新しいビジネスプランをご提案!
テレビCMとかで通信会社がスマホと一緒に宣伝している「5G」。ちょっと前まではそれが「LTE」だったの覚えている? この通信技術、だいたい10年ごとにアップグレードされるのが通信業界のお約束で、そのたびに業界は熱心にアピールしてきた。でも、この5Gについては、なんだか最近ちょっと様子が変。いったい何が起きているのか、通信業界に精通する岸田さんと一緒に考えてみた。
[今月のゲスト]
岸田重行(キシダ シゲユキ)
株式会社情報通信総合研究所 ICTリサーチ・コンサルティング部 主席研究員。97年に同研究所入社以来、一貫して国内外のモバイル通信に関する事業戦略、制度・政策、技術、サービス等の調査研究とコンサルティングに従事してきた。
●移動通信システムの進化と利用ニーズの拡大
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(出典)総務省「デジタル変革時代の電波政策懇談会 5Gビジネスデザインワーキンググループ 報告書(案)」より
クロサカ 今回のゲストは、情報通信総合研究所(ICR)の岸田重行さんです。ICRはNTTグループのリサーチ・コンサルティング会社で、そこで岸田さんは長年にわたり通信分野の調査分析やコンサルティングをされてきました。僕の本業である情報通信分野の仕事でご一緒することも多く、いつもディスカッションや情報交換をしていただいています。ということで、今回は通信ビジネスについて、いつもより突っ込んだお話をしたいと思いますが、岸田さんは5Gビジネスの現状をどう見ていますか。
岸田 通信業界はこれまで、新しい通信技術が登場するたびに、新しいビジネスモデルを作って世の中に広げようとしてきましたが、実際に通信業界の考える通りに世の中が動いたことはないんです。もともと一家に一台の黒電話だけだったのが、携帯電話(当時は2G)で軽く小さくなって、どこでも話せるようになった。そして3Gでは当初、テレビ電話をアピールしていたけどほとんど利用されず、でも新しい使い方としては世界で日本だけiモードが出てきてうまくいった。海外では3Gならではのサービスは花開かずでしたが、そこへiPhoneが登場してiモードを参考にしたグローバルなエコシステムを作り上げ、同時にSNSや動画配信のトラフィックが4Gへの移行を促しました。この歴史を振り返ると、通信業界が自分たちでトレンドを作ってきたと考えるなら、それはおごりです。
クロサカ 確かに、モバイルはPCで先行するものや外部の新しいものを取り入れながら、次世代インフラの普及をドライブしてきましたね。
岸田 5Gについても、日本は遅れていて世界が進んでいると言う人もいますが、実はどこの国でも成功していません。普及率やエリア展開などで一部の国より日本が遅れているかもしれませんが、ビジネスモデルという意味では、世界のどの国においても難しい状況で、答えが見つかるかどうかもわからない。
クロサカ おっしゃる通りだと思います。5Gについては、日本どころか世界中が敗戦状態です。スペイン・バルセロナで開催されるMobile World Congress(MWC)で、総務省の若手職員と一緒に1日かけて、いろんな事業者に5Gの「本番」と期待されるミリ波【1】のユースケースを聞いて回ったんですが、有望なものは見つかりませんでした。
岸田 ミリ波は5G先進国の中国ですらやっていないですから。世界の通信業界がユースケースを探して、いろんな実証実験を繰り返したのは、ビジネスとして正しいアプローチです。でも、それが当たるとは限らず、いろんな産業に提案して、実証実験をやり尽くした結果、MWCで見た通りに何も残らなかった。通信業界からすると「皆さんにいろんな新作料理を試食していただいたけど、定番メニューには発展しなかった」という状況です。
クロサカ そうなってしまった理由はなんでしょうか。
岸田 スマホによるインターネットが、PCのインターネットよりも先に進んでしまったからだと思います。これまで、PCによる固定網でのインターネットからユースケースが生まれて、ニーズも作り出されていて、スマホはそれを取り入れてきた。それが、5Gになると国によっては固定通信よりもモバイル通信の方が速いという状況です。これまで固定通信がフロンティアとして切りひらいてきたところを、モバイルはまねをして取り込んでいけばよかった。しかし、ここから先は自分たちで作るしかない、という産みの苦しみが5Gにはあるんじゃないでしょうか。
クロサカ 私の師匠の村井純も「インターネットについての俺の予想はだいたい当たったけど、モバイルインターネットがここまで普及することは予想できなかった」と言っていて、日本のインターネットの父をもってしても、この状況は想定外だったんです。
岸田 今は、PCでできることと、スマホでできることが逆転して、むしろスマホじゃないとできないことが目立っている。
クロサカ 「スマホじゃないとできないことが増えた」のは、インターネットにとっても通信事業者にとっても、大きな誤算でした。例えば、オンラインバンキングも、PCから利用するよりも、スマホのアプリから利用する方が手続きや認証が簡単です。
岸田 スマホでの「なりすまし」は難しいんです。その結果、PCのインターネットをスマホが追い越してしまい、人に関する社会的ないろんなものを担保している。
クロサカ だから、いま私が中心となって日本政府と一緒に進めている「Trusted Web」【2】は、スマホの機能をアンバンドルして、我々の社会機能の一部をスマホから解放するということなんですよ。これに限らず、最近の僕の仕事の多くは、スマホの機能をアンバンドルして、他の手段でも使えるように再構築することだと感じることが増えてきました。
岸田 eKYC【3】にしても圧倒的にスマホの方が適していますよね。スマホならたいてい、カメラも指紋認証も付いているけど、それをPCでやろうとすると大変です。
クロサカ スマホでできることを、スマホじゃないところでもできるようにするのは、大きな意味があると思います。ただし、そこで生み出されたものは、スマホというお手本を元にしているので、決して最先端の取り組みではない。いま、通信業界が求められているのは、お手本を超えて、今まではできなかった「何ができるのか」が問われている。
岸田 5Gの難題に世界が悶々としていますが、イノベーションの芽となるいろんなものが転がっていると思います。どこかで、誰かが気がつく、もしくは何かが起きれば、そちらに一気に転がる。今は、そんな「夜が明ける直前」なのかなと思っています。例えば、ローカル5G【4】については、産業界のニーズが見えていて、コストの問題さえクリアすれば花開く可能性がある。というのも、ローカル5GはWi-Fiのニーズを取り込むことができるからです。