欧米を中心に、資本主義へ反旗を翻す若者が増えている。自分たちが豊かになれない現状を「資本主義の構造的な問題」とみなし、オルタナティブ(代替案)を求めているのだ。一方で、日本のZ世代にその萌芽はまだ見られない――。日本社会が克服すべきことはなんなのか? 経済思想家・斎藤幸平に尋ねた。
(写真/二瓶彩)
20世紀後半、アメリカの文芸批評家フレドリック・ジェイムソンは、「資本主義の終わりを想像するよりも、世界の終わりを想像するほうが簡単だ」と述べた。資本主義こそが人類にとって唯一の存続可能な政治・経済システムであり、その代替案をイメージすることがいかに困難であるかを示す言葉だ。
だが、2020年のベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で資本主義の限界を指摘し、その代替案としてコミュニズムと脱成長を掲げる経済思想家・斎藤幸平氏は、「そうした状況が、欧米を中心に変容しつつある」と語る。主な震源は、1990年代後半から2000年代に生まれたZ世代の若者たちだ。
16年のアメリカ大統領選挙では、民主社会主義者を自認するバーニー・サンダース上院議員が若者世代から圧倒的な支持を集めた。結局、サンダース大統領が誕生することはなかったが、調査会社YouGovが20年に行ったリサーチではアメリカのZ世代の49%が社会主義を支持すると回答。世代間の分断が顕著だった19年のイギリス総選挙においても似た傾向が見られ、英スカイニューズによると、Z世代を含む18~34歳の63%が左派の労働党に投票したという。
こうした現象を、単に「若者の左傾化」で済ませるべきではない。より重要なのは、その背景に資本主義への強い不信、あるいは拒絶が存在することだ。ただ、そんな欧米と比較して「反資本主義の機運は、日本のZ世代にはまだほとんど見られない」と斎藤氏は指摘する。
「資本主義に疑問を持つ欧米のZ世代の人々は、ジェネレーション・レフトと呼ばれています。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんのように、気候変動などの環境問題に高い意識を持つのも特徴のひとつ。一方、日本では、国政選挙で10~20代からもっとも票を集める政党が自民党であるように、ジェネレーション・レフトは顕在化していないのです」
なぜ日本ではジェネレーション・レフトの存在感が希薄なのか? 斎藤氏の解説からは、大きく2つの要因が浮かび上がる。ひとつは、それぞれの国のZ世代が経験した社会的な出来事の違い、もうひとつは、社会に蔓延する「自己責任論」の強度だ。
「アメリカの場合、この15年間で資本主義の限界とそのオルタナティブ(代替案)について考えざるを得ない出来事が立て続けに起こりました。08年のリーマン・ショックでは多くの人が職を失い、社会保障が削減されて苦しい生活を強いられる一方で、その元凶となった大企業は公的資金で守られるという理不尽な光景を目の当たりにした。こうした出来事が11年のウォール・ストリート占拠運動、そしてバーニー・サンダース旋風へつながっていく。このようにして、資本主義のオルタナティブについて議論する素地が整っていったという経緯があります」
ウォール・ストリート占拠運動やサンダース旋風が、アメリカの社会システムに直接的な変化をもたらしたとは、今のところはいえない。ただ、多くの人々がこうした政治運動への参加を通じて「自分たちの行動で社会に働きかけ、新しい秩序を生み出せるかもしれない」という実感を抱いたことはかなり重要な転機だった。
奨学金で借金漬けにならなければ大学を卒業できない。いざ就職をしても長時間労働を強いられ、賃金は上がらない。不動産価格が高騰し、家を買うのは夢のまた夢。さらに先の将来を見据えれば、福祉や医療といった社会保障の問題や気候変動の問題など課題が山積している。Z世代の目に映る風景は、日本でも欧米でもそう違いはない。
「そうした現状を資本主義の構造的な問題ととらえるか、自分の努力や能力が不足しているからととらえるか、つまり自己責任論に陥るかによって、抱く感情や行動は大きく変わります」