――ある時期、公道の「走り屋」を題材にした2つのマンガが同じ雑誌で連載され、爆発的な人気を獲得した。『頭文字D』と『湾岸ミッドナイト』である。ただ、峠や首都高を「攻める」ような作品は今の時代、コンプラ的にアウトな気がしないでもない。走り屋マンガのバックグラウンド、影響力、問題点に迫ってみたい。
「ハチロク」で“公道最速”を目指す
【1】『頭文字D』
しげの秀一/「週刊ヤングマガジン」(講談社)1995~2013年連載/単行本全48巻
[STORY]群馬県に住む高校生・藤原拓海は、父が営む「藤原とうふ店」の配送を手伝い、日々「ハチロク」で峠道を走るうちに、非凡なドライビングテクニックを身に付けていた。そんな彼が、関東各地の走り屋たちとのバトルを重ねていく。そして物語後半では、精鋭チーム「プロジェクトD」のダウンヒルエースとして県外遠征に参加し、“公道最速”を目指す。
[登場車種]トヨタ スプリンタートレノ AE86/マツダ アンフィニ FD3S RX-7 Type R/日産 BNR32 スカイラインGT-R V-spec II ほか
[後継作]『MFゴースト』(2017年~)
去る1月、「東京オートサロン2023」が開催され、目玉のひとつとして、トヨタ自動車のブースにバッテリーEVのAE86カローラレビンと水素エンジン車のAE86スプリンタートレノが展示された。
AE86といえば「ハチロク」の呼称で知られる車であり、1995~2013年に「週刊ヤングマガジン」(講談社)で連載された、しげの秀一『頭文字D』の主人公・藤原拓海の愛車である(拓海が乗っていたのはトレノ)。『頭文字D』は群馬県を舞台にした峠の走り屋たちの物語で、同作の大ヒットにより、87年に生産終了していたハチロクの中古車価格が高騰。トヨタの出展は、この人気にあやかったものだろう。
『頭文字D』の連載時期と重なる91~08年、「ヤンマガ」では楠みちはる『湾岸ミッドナイト』も連載されていた(90年に小学館の「ビッグコミックスピリッツ」で不定期連載を開始したが、数回掲載して「ヤンマガ」に移籍)。同作は主人公・朝倉アキオの愛車である「悪魔のZ」こと日産の初代フェアレディZ(S30型)を取り巻く人々の物語で、首都高湾岸線で公道バトルが展開される。
『頭文字D』は峠道、『湾岸~』は首都高が舞台だが、ともに公道レースを扱っている。同ジャンルの作品が同時期に同じマンガ誌に連載され、どちらもヒットするのは異例のこと。本稿では、この2つの走り屋マンガの文化的背景や実社会との相互影響について考察する。