――軍事教練と戦局悪化によって高女生の「身体の男性化」「身体の労働者化」「労働の男性化」が進行していったそうですが、それは高女に対して世の中がもともと求めていたものとはかけ離れているわけですよね。当時の高女生は働く女性(職業婦人)と間違えられることすら嫌がっていたくらいですから。
佐々木 大正末期頃の鹿児島の婦人会の集合写真を見ると、半数以上がハンカチを手の上に載せています――手も足と同様に「人様に見せるのは、はしたない」と言われていたそうです。それくらい「女は女らしく」という考えが強かった。40年代初めまでは、軍事教練をしても黒いストッキングを履いています。ところが、あれよあれよという間にモンペになり、物資がなくなると靴下も履かずに素足に下駄履きで堂々と歩くように変化していく。
明治期でも海外から帰国した政府高官の中には、欧米人に比べて日本女性の貧弱さを見て、「こんな痩せ細った女から強い兵隊が生まれるだろうか」と女性も身体を鍛えることを求める向きもあったそうです。
つまり高女生には、女としての役割を要求しながら、同時に男性的な身体性をも求めるようにもなっていった。その綱引きがなされていたわけです。ただ、軍事教練を嫌がっていた高女生もいた一方で、それまで「静かに歩け」などと抑圧されていたのが、股を広げて歩けることを身体の解放と受け取った方もいたのが興味深いところです。
――通信手になった高女生本人たちは、さほど疑問や違和感を持っておらず、大半が「充実していた」「兵隊さんは優しかった」と回顧しているという話が印象的でした。
佐々木 軍関係の施設は、爆撃の危険性はあるものの木造の校舎と比べると頑丈ですから、そちらのほうが安全だという意識もあり、親も軍関係に入っているほうが安心だった。給与も高く、食事もおいしいものが提供されたそうです。みなさん献立をよく覚えているんです。「甘いおしるこが出た」とかね。逆に言えば、家庭の食事がいかに貧しかったかということですが。
――戦時中の高女を取り巻く歴史の流れから考えるべき、現在の私たちに対する示唆には、どんなものがありますか。
佐々木 ひとつは同調圧力の問題です。戦争が始まると本音や実感が禁句になる。愛おしいいものとして自分や家族の生命をとらえるのは普通の感覚ですが、戦争に異を唱えれば「徴兵逃れは犯罪」「非国民」にされていく。もうひとつは、変化の速度の急激さです。ほんの数年前まで「足を見せるな」「おしとやかにしろ」と言われていた女性たちが、ゲタ履きで活動的に振る舞うことを要求されるようになる。つい先日も防衛費の拡大が1週間程度であっという間に決まってしまいましたが、戦前の動きを見ていると「まさか」と思うことまで弾みが付き始めれば一気に進んでしまう恐ろしさを感じます。
ただ、同調圧力や空気の転換の中でも、軍舎化を断る校長や、軍需工場に動員された女学生たちを軍に逆らって故郷に帰した先生もいました。そうした小さな抵抗から学ぶことも大きいと思っています。
(取材・文/飯田一史)
佐々木陽子(ささき・ようこ)
1952年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学博士後期課程単位取得退学、博士(学術)。元・鹿児島国際大学福祉社会学部教授。専攻は社会学、ジェンダー論。著書に『老いと死をめぐる現代の習俗――棄老・ぽっくり信仰・お供え・墓参り』(勁草書房)、『総力戦と女性兵士』(青弓社)、編著に『枕崎 女たちの生活史――ジェンダー視点からみる暮らし、習俗、政治』(明石書店)、『兵役拒否』(青弓社)など。
飯田一史(いいだ・いちし)
マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著に『ライトノベル・クロニクル2010-2021』(Pヴァイン)、『いま、子どもの本が売れる理由』(筑摩選書)、『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。