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萱野稔人と巡る超・人間学【第29回】

エネルギーがもたらした人間社会の発展とジレンマ

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

なぜ人間の社会はこれほどまでにエネルギーを消費するように発展してきたのか。その根本的な原因が「人間の脳の本性にある」という古舘恒介氏にエネルギーと人類の歴史、その本質について聞く。

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今月のゲスト
古舘恒介[JX石油開発 国内CCS事業推進部長]

慶應義塾大学理工学部応用化学科卒。1994年4月に日本石油(当時)に入社。リテール販売から石油探鉱まで、石油事業における上流・下流の幅広い事業に従事。エネルギーと人類社会の関係についての探究をライフワークとし、その思索の集大成として『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』(英治出版)を上梓。



萱野 エネルギーをめぐる問題が現在あらためて世界を揺るがせています。気候変動をもたらす温室効果ガスの排出をどう抑制していくかが地球規模の課題となっている一方で、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の影響でエネルギー価格が高騰し、各国の経済を圧迫しています。そうした状況の中、『エネルギーをめぐる旅』という大著を上梓された古舘恒介さんと「人間という存在にとってエネルギーとは何か」「人間とエネルギーの間にはどのような関係があるのか」といった根本的な問いについて議論を深められればと思います。

古舘 よろしくお願いします。

萱野 本書の中で古舘さんはエネルギーについてあらゆる角度から網羅的に考察されており、まさに今後エネルギーについて考えるための決定版となる本だと感心しながらご著書を拝読いたしました。まずは本書を執筆された動機からお話しいただけますか。

古舘 エネルギーはあらゆる人の生活に密接に関係するものであり、それゆえ誰もがエネルギーについて自分なりの意見を持っているものです。しかし、気候変動に関する議論について特に顕著なのですが、自分の身の回りの知識だけで問題をとらえても議論が噛み合うことはありません。エネルギー問題について考えるのであれば、基本的な科学的知識に加えて、なぜ私たちの社会はこんなにもエネルギーに依存し、大量に消費をするようになっているのか。まずはそこを理解しなくてはならないという問題意識がずっとありました。それを自分自身で考え、整理するために書き始めたのが本書の出発点になっています。

萱野 本書の冒頭で古舘さんは「世の中の大抵のことは、エネルギーの切り口で考えてみれば分かりやすく理解でき、腑に落ちるようになる」と書かれています。まさにその通りですね。そもそも人間を含めたあらゆる生物はなんらかのかたちでエネルギーを取り込むことで生存しており、エネルギーは人類のすべての活動の根本にあるものです。その人類にとって“火”というエネルギーを活用しはじめたことは最初の“エネルギー革命”となったと古舘さんは述べています。なぜならその火の活用で人類の祖先の脳が大きく発達したからだ、と。

古舘 一般的にエネルギー革命というと、産業革命に始まる石炭の利用と20世紀の石油への移行を指すことが多いのですが、それに対してずっと違和感がありました。実際、石炭は現在も大量に使われており、単純に石油と用途に応じた使い分けがなされているだけです。そこで私は人類とエネルギーの関係において本質的な変化をもたらしてきたものを整理し、エネルギー革命を「エネルギーの新たな獲得手段や利用手段の発明により、人類のエネルギー消費量を飛躍的に増大させた事象」と定義しました。現代社会の成立までには5回のエネルギー革命があったと考えており、その第一の革命が“火の獲得”です。ホモ・サピエンス発生以前、100万~150万年前頃から人類の祖先は火を焚くようになりました。火を活用することによって人類の祖先は住処である洞窟を肉食獣から守り、木に登らずとも安全に眠ることができるようになりましたが、さらに大きな変化は食物を加熱調理するようになったことです。加熱することで食物の咀嚼が楽になり、雑菌が減ることで胃腸での消化・吸収にかかる免疫系の負担も減りました。また、加熱によってデンプンやタンパク質が変質して栄養価も高まります。これで胃腸の負担が劇的に軽減し、その分のエネルギーを脳に回すことができるようになったのです。その結果、他の動物と比べて相対的に人間の胃腸は小さくなり、脳が大きく発達していきました。つまり、現生人類が高度な知能を持つに至る進化の方向性を決定したのは火の獲得だったというのが私の理解です。

萱野 生物はエネルギーを摂取すること自体にもエネルギーを必要とします。人間も例外ではありません。火の活用はその“エネルギー摂取のためのエネルギー”を小さくすることを人類に可能にしました。その省力化によって生まれたエネルギーの“余剰”を利用することで人類の脳は発達した。ここには、人類がエネルギーを活用することで文明を発展させてきた歴史の原型がありますね。木材であれ石炭や石油であれ、人間がエネルギーを利用するためにはそれをどこからか採取しなくてはならず、その採取にもエネルギーが必要となります。その採取に使ったエネルギーを採取によって獲得されたエネルギーが上回らなければ、つまりエネルギーの拡大再生産が生じなければ、人類はそのエネルギーを文明の発展に利用することができません。火の活用はエネルギーの“余剰”を人類にもたらしたという点で、その拡大再生産の最初の一歩となったと位置付けられますね。

古舘 人間の脳は火の活用によって取り込めるエネルギー量を飛躍的に増やす形で進化してきたことが成功体験としてインプットされているのではないかと思います。だから、脳は本性として際限なくエネルギーを求めるし、そうした人間が作ってきた社会にもそれが投影されてきたのでしょう。萱野さんがおっしゃるように現代社会では投入エネルギーに比べてどれだけ多くのエネルギーを獲得できるかというエネルギー収支比が重視されます。その点において、石油や石炭といった炭化水素資源は太陽光や風力などと比べて圧倒的な優位性があるので、トランジションが難しくなっているのですね。人間の脳が考える経済合理性の観点からしたら炭化水素資源以外を選択することはありえないともいえるのですが、それでもトランジションはしていかなくてはならないことが気候変動についての議論を難しくしているといえます。

萱野 人間の脳そのものがエネルギーの拡大再生産の上に成り立っていることを考えるなら、気候変動を抑制するためにエネルギーの利用を制限することは脳にとっては自己否定にもつながることですから、それは本当に難しい課題であることがわかりますね。古舘さんはご著書の中で農耕の開始を第二のエネルギー革命として位置付けていますが、そこにもエネルギー利用をめぐるジレンマが存在すると指摘されています。

古舘 約1万年前に始まった農耕は人類の生活だけでなく、地球の生態系にも大きな変化を起こしました。農耕をエネルギーの観点からとらえると、太陽光エネルギーを人類が専有し、効率的に利用する活動だといえます。特定の土地を整備して本来であれば太陽光エネルギーを受け取るはずの自生植物や動物を追い出し、育てている農作物に独占させるわけです。余剰の食糧を保存できる農耕は狩猟採集に比べてエネルギーの摂取効率が高く、農耕民の人口はどんどん増えていきます。それにつれて農地もまた広がり、狩猟採集では抱えきれないほどの人口増加が起きたことで、人類は農耕から離れられなくなりました。やがて土地の奪い合い、戦争が起きるようになって、負けた側の人間を奴隷として使って耕作面積をさらに増やしていく。農耕が始まったことで、このようないかに効率よくエネルギーを囲い込むかという競争が人間社会全体で起こるようになったのです。

萱野 農耕の開始によって世界人口は約100倍になったと推定されているそうですが、この数字によっても農耕の開始が人類にどれだけ大きなインパクトを与えたのかがわかりますね。しかしそれは同時に、余剰の食糧をもたらすことで階級社会を生み出しました。自らは食糧生産に従事する必要がなくなった支配階級は知的な活動に力を入れるようになって文明や都市を発展させる一方で、被支配階級に農作業というきつい労働を課すようになりました。

古舘 火の獲得によって脳はエネルギーを奪い合う競争相手である胃腸に対する優位性を得ましたが、農耕の開始で脳は筋肉に対する優位性を確立したといえるのではないかと思います。奴隷を使役することで自らが労働をすることなく日々の糧を手にできる上位階層者の生活は、エネルギーを貪欲に求める脳にとって理想的な環境であり、そうした社会構造を維持するために下位隷属層による人的エネルギー供給への依存から抜け出すことができなくなっていきます。進化生物学者のジャレド・ダイアモンドは「農耕を始めたことは人類史上最大の過ち」と述べていますが、常にエネルギー摂取効率がより高いものを求める人間は、一度そうした手段を手にしたら元に戻ることができないのですね。それは現代のエネルギー問題を考える上でも重要なポイントだと思います。

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