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町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第166回

【NOPE/ノープ】『ゲット・アウト』監督が突きつける米映画史へのNO

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――雲に隠れた岩山のように、正面からでは見えてこない。でも映画のスクリーンを通してズイズイッと見えてくる、超大国の真の姿をお届け。


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『NOPE/ノープ』

ハリウッドの北にある田舎町で、広大な牧場を経営しているヘイウッド兄妹。ある日、彼らの上に空飛ぶ円盤が現れる。それは未確認飛行物体ではなく巨大な人食い生物だ。その生物に兄妹は戦いを挑むが……。

監督・脚本:ジョーダン・ピール、出演:ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマーほか。8月26日公開予定。


「ノープ」とは、「ありえない」「かんべんして」「ダメ」みたいな意味。強いNOだ。

過去のジョーダン・ピール監督の映画がそうであったように、『NOPE/ノープ』はアフリカ系アメリカ人がアメリカの歴史に対してNOを突きつける映画だ。とりわけ今作は、アメリカの映画史に対する挑戦になっている。

『NOPE/ノープ』のタイトルバックには、走る馬の連続写真が映る。有名なマイブリッジの作品だ。

写真黎明期の1872年、カリフォルニア州の元知事で大富豪のリーランド・スタンフォードは、友人と話していて、「馬が走る際、4本の足が宙に浮く瞬間がある」と主張し、それが事実かどうか賭けをした。一説によれば賭けたのは2万5000ドル、現在の日本円に換算して7000万円近くといわれる。スタンフォードはイギリスの写真家エドワード・マイブリッジを2000ドルで雇った。一瞬を静止画で捉えるためにはシャッタースピードを1000分の1秒より短くする必要があった。そのためにマイブリッジは明るいレンズと高感度の感光板を備えたカメラを12台並べて、数十分の1秒ずつずらしてシャッターを切るシステムを作った。

マイブリッジの写真はスタンフォードの説が正しかったことを証明した。この連続写真にヒントを得たエジソンが活動大写真、つまり映画を発明したという。

「映画の始まりと言われるマイブリッジの写真で、馬に乗ってたのは黒人よ。私たちの曾々爺さんなの」

『NOPE/ノープ』の主人公であるエメラルド・ヘイウッドは言う。彼女は、兄のOJと共に、ハリウッドでのテレビや映画の撮影に使う馬の調教師をしている。それはヘイウッド家代々の家業だった。

「つまり、写真が動き始めた頃から、うちらはこの仕事してるわけ」

黒人なのは事実だが、それが誰なのか記録は残っていない。映画誕生の歴史から黒人は消されてしまったのだ。

ヘイウッド兄妹はハリウッドの北に牧場を持っている。OJはカウボーイだ。彼の家の壁には黒人スターのシドニー・ポワチエとハリー・ベラフォンテが共演した西部劇『ブラックライダー』(72年)のポスターがある。黒人が主演した数少ない西部劇のひとつだ。実際の開拓時代の西部には、南北戦争の後、奴隷から解放された黒人たちが多くいた。しかし、ハリウッドの西部劇はほとんど黒人をスクリーンに登場させなかった。カウボーイは白人ばかりだった。

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