――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
[今月のゲスト]
田内学(たうち・まなぶ)
[金融教育家、元ゴールドマン・サックス金利トレーダー]
1978年兵庫県生まれ。2001年東京大学工学部卒業。03年同大学院情報理工学系研究科修士課程修了。同年ゴールドマン・サックス証券入社。日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングを経て19年退職。著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)。
自民党の圧勝に終わった先の参院選。選挙後の出口調査などによると、有権者の投票行動に大きな影響を及ぼした争点は経済問題、とりわけ個人のお財布に直接影響を与える消費税や景気対策などだった。そしてそのキーワードとして使われてきたのが、アベノミクスだったが、昨今の円安と物価高の下、いい加減、そのメッキが剥がれてきた感が否めない――。
神保 今回は「日本の凋落を止めるために、今、何をしなければならないのか」をテーマに議論したいと思います。過去四半世紀、あらゆる国際指標で日本の凋落が続いています。しかも、凋落は一向に止まる気配を見せていません。そこで今日は、日本はどこで何を間違えたのかを考えるとともに、では今何ができるかについて、「金融教育家」の田内学さんと議論していきたいと思います。そもそも金融教育家というのは、どんなことをするのでしょうか?
田内 教育家といっても、お金儲けのことを教えているわけではありません。僕はもともとゴールドマン・サックスという会社で、金利のトレーダーをしていました。なぜ「教育家」という話になったのか。この2〜3年で非常に問題だと思ったのが、例えば「老後2000万円問題」のような話があります。年金以外に2000万円貯めていたら老後はなんとかなる、と言われていますが、労働人口が減って生産力が足りなくなるのに、お金だけ持っている老人だらけになって、生活できるはずがない。これは「お金」に注目して考えているだけではなかなか気づかないことなんです。根本的に考えないと、今僕らが抱えている問題は解けないと考えて、そういう本を書きました。
神保 それが『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)ですね。
田内 経済活動は働く人がいて成り立つことで、そこから考えないといけないだろうと。
宮台 田内さんと雑談したとき、「金融教育家」だとFXを教える人なのかと思ってしまうので、「社会的金融教育家」のようにしたほうがいいのではとご提案しました。僕のお師匠でもあった西部邁先生は、ある時期から「社会経済学者」と名乗るようになった。つまり、経済学者というと、市場をうまく回すためにどうすればいいか、という話に限定してイメージしてしまうが、社会がまともでなければ当然、市場も回らず経済も回らない、という観点だった。
神保 番組で経済の問題を扱うと、色々な流派から弾が飛んできて、辟易とすることがよくあります。そもそも我々は経済学の学徒ではないので、何主義者でもないし、まあ何派と思われてもいいのですが、経済をテーマに番組を作った瞬間に、招いたゲストやテーマから「あんたらは何派だ」というレッテル貼りが始まるんです。田内さんはもともと工学部出身で、経済学の博士号を持っておられるわけではないので、経済のテーマで本なんか書くと、方々から弾が飛んできませんか?
田内 むしろそういうものに乗っかっていないから、学術的な人たちからは逆に相手にされないですね。彼らは決まった書式に従って話さないと、議論できない人たちなので。ですが、数学でも解き方はひとつではないです。別解はあってもいいはずです。
宮台 非常によくわかります。もうすぐ京都大学工学研究科教授の藤井聡さんと本を出しますが、彼はバリバリの工学畑、土木から経済のことに関心を持つようになった。だから経済学のプロパーの教育は受けていないんです。社会学にも流派があり、僕も文転組で理系マインドがあるので、なぜ決まった書式、フォーマットの上で議論しなければならないのかわからない。
神保 今、経済、とりわけ経済政策の面で論争になっているテーマの中に、「積極財政」vs.「緊縮財政」というのがあります。緊縮側のゲストを呼んだ瞬間に「財務省の回し者」とか「財務省に洗脳されている」という弾が飛んできます。その背後には、これをMMT(現代貨幣理論)と呼ぶかどうかはともかく、「日本は自国の通貨を発行している国だから財政破綻はしない。だから、借金を増やしても積極財政路線を取るべき」という考え方があるようです。その二項対立に辟易としていたので、田内さんがそのどちらでもないという立場を取られているのが、とても印象的でした。
田内 どちらでもなく、どちらでもありますね。
神保 破綻はしないかもしれないけど、だからといっていたずらに借金を増やしていくと、むしろもっと深刻な問題が待っていると言われています。