(写真/西村満、以下同)
“普通”とは何か? “大衆”とは何か? そんな一筋縄ではいかない普遍的な問いにさえ詩的に、軽妙に、彩り鮮やかなサウンドとともに向き合おうとする、素晴らしい国内のヒップホップ作品がある。ラッパー/ビートメイカー、OMSBの7年半ぶりのサード・アルバム『ALONE』だ。
OMSBは最初、約10年前に神奈川県相模原市を拠点とするSIMI LABというグループの中心人物として脚光を浴びた。そして、ソロ・アルバムも2枚発表、精力的に活動を展開したものの、その後の歩みは決して順風満帆ではなかった。前後編にわたるこのインタビューでは、そうした深い苦悩の経験とそれを乗り越えようとした魂の痕跡がいかに新作に刻まれたかが語られる。
『ALONE』で描かれるのはOMSBの個人の物語だが、働き、年齢を重ね、人と出会ったり別れたり、愛したり愛されたり、もしくは結婚したりしなかったりする中で多くの人々が経験する、無数の物語の集積でもある。そして、『ALONE』はカッコいいヒップホップ作品だ。OMSBはとても真摯に語ってくれた。(取材・文/二木信)
OMSB『ALONE』(SUMMIT)。ジャケットのイラストは浅野忠信が描き下ろした。
──『ALONE』をリリースしてツアーも終えて、いろんな反響があったと思います。率直な感想はどうですか?
OMSB(以下、O) 基本的には俺のプライベートの話を歌っているけど、それを自分の歌にしてくれている人がいるのを感じましたね。本当に刺さっているなって。アルバムに入っている曲全部セットでOMSBを見てもらえている気がするので、アルバムで出す意味があったなと。でも、もっと反響が欲しいですね。
──まず1曲目のタイトルが「祈り」というのが、これまでのOMSBの作品とは何かが違うと感じさせます。
O ラップにしても、MPCを叩くにしても、自分が普段繰り返していることは祈りに近い行為だなと感じて。「ヤバい曲ができるように」とか「これからヤベぇプロップスを得られるように」とか考えながら作っているけれど、すぐに効果は出ないし感じない。だけど、500円そこらだろうがたまたま見つけたアナログからサンプリングして自分やその価値観を変えるかもしれない1曲を作れたときは、自分がブチ上がる瞬間でもあるんです。そこでひとまず成就したと感じる。
──この曲の「I wanna love my soul/I need my soul I believe my soul/I love my soul」という歌詞も印象的ですね。2年半ほど前に、オムス君にケンドリック・ラマーについて語ってもらうインタビューをさせてもらったことがあります。そのときに、「(ケンドリックの)『I』という曲の『I love myself』という歌詞がシンプルだけど良い。それは、自分自身に一番足りていない部分だと思うから」と語ってくれたのを思い出しました。
O その話をしたときに、たぶんこの曲はできていましたね。まず、「自分を愛している」ではなく「自分を愛したい」なんですよ。セカンド・アルバムの『Think Good』(2015年)を出した後に、どんどん自信をなくしていっちゃったんですよ。作品を出さなかったり、ライブをあまりしなくなったりしたのが良くなかったと思うんだけど、人に見られていないと自分のモチべーションが上がらなくて作れなかったですね。さらに、自分の頭の中で「俺はもう見放されちゃったかなあ」というイメージを勝手に作り上げちゃって。10年ぐらい前に俺らがSIMI LABとして登場したときは、いろんな人が俺らのことに注目してくれていたと思うんです。その人数は少なかったかもしれないけど、注目度は高かったと感じたし、そうした注目を浴びたことがそれまでなかったからマジでイケイケになって(笑)。それを自信にやってきた部分もあったから、その注目が薄れたときに自信がなくなってしまったのかもしれないですね。
──なるほど。しかも、爽やかな曲調の「Nowhere」を先行曲として出したのも意外性があって良かったです。
O 前のアルバムから7年半ブランクがある人っていう印象を持たれる曲を出したくなかったし、今まで自分がやっていない表現をやってみたいし、見せたいというのはありましたね。それと、俺はアンダーグラウンドの人間だと思っているんです。自分でそういう括りをする必要はないかもしれないけれど、そうは思っていて。だけど最近は、「アンダーグラウンドのヒップホップはこうだよね」っていう凝り固まった考え方でとりあえずブーン・バップをやるアーティストも多いとは感じるし、明るい曲を作ったら「メインストリームの人だね」って括られる。そういうアンダーグラウンドの閉鎖性に嫌気が差したのはありますね。俺にとってのアンダーグラウンドは“面白いアイディアをチャレンジして突き詰める”ことだし、昔は、例えばフリースタイル・フェローシップみたいなアンダーグラウンドと呼ばれる人らもいろんな色合いの曲をやっていたじゃないですか。
――確かに。だから、「Nowhere」の「ガッカリさせてごめんね/君の理想にはなる気はないんだ/やっぱりわかりあえないね/暫く離れてみようか」っていう歌詞は恋愛の歌にも聴けるし、これまでのOMSBの音楽のファンの理想になれなくてごめん、という意味にもとらえられるなと。
O ああ、そこの最初の歌詞のつかみだけで言えばそうですね。それと、俺はポップスも普通に好きなんです。ポップスの歌詞は、表面の歌詞より含みを持たせる表現を特にするじゃないですか。自分だったらそういうのをどうできるのか試した部分もあります。だけど、基本は個人的な経験に基づいて歌詞を書いていますね。ここ何年かで縁を切っちゃった友達とか女性とか、縁を切らざるを得なかった関係というのがあったので。
──そうしたいろんな経験が反映されているんですね。