ひところ、書店のビジネス書の棚を「アート」が賑わせた。「ビジネスを進める」「仕事に活かす」「ものづくり」等々、アートビジネスを売りにするビジネス書がちょっとしたブームになっていたのだ。およそかけ離れたイメージのある二者の邂逅は、何をもたらしたのか――。
この数年、「アート」をタイトルに織り込んだビジネス書が増えている。『ビジネス教養としてのアート』(岡田温司/KADOKAWA)、『東大の先生! 超わかりやすくビジネスに効くアートを教えてください!』(三浦俊彦/かんき出版)、『アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法』(秋元雄史/プレジデント社)、『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(末永幸歩/ダイヤモンド社)……「アート」と「ビジネス」の2語でAmazonを検索すれば、こうしたタイトルがゴロゴロひっかかってくる。どうやらビジネス書の世界で、「アート」がトレンドになっているらしい。
火付け役となった 『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』
「嚆矢となったのは、2017年、経営コンサルタントで文筆家の山口周氏が上梓した『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)です。山口氏はボストン・コンサルティング・グループやA・T・カーニーなど世界的なコンサルティング企業での勤務経験を生かして、ビジネス書作家として活動しています。過去の著作は“外資系コンサルが教える◯◯”といったタイトルが多く、コンサル系作家の文脈にいる作家のひとりで、すごい売れっ子というわけでもなかったんですが、『世界のエリートはなぜ「美意識」を――』が一躍大ヒット。もともと慶應義塾大学・同大学院で美術史を修めており、アートについてはお手のものだったんですよね。同書は20万部を超えるヒットとなりました」(ビジネス書編集者)
以降、前述のようなタイトルが徐々に増え出し、新刊の棚を席巻するようになっていく。もちろん、1冊のヒット作が出れば類似本が多く生み出されるのは業界の常。かてて加えて、ビジネス書特有の事情も関係しているという。
「書店では、ビジネス書は自己啓発書と同じ棚に並べることが多いです。その棚に来る人が何を求めているのかといえば、自分の現状を変えられる具体的なヒントなんだと思います。読んだ人にとってすぐ役に立つ実利がなければならない。〝アート〟は日本においては実利とかけ離れたイメージのある言葉です。それを掛け合わせた意外性が目新しかったんでしょうね。店頭でフェアを組むと、よく動きました。フェアに並べたタイトルすべてを買っていくお客さんもいましたよ」(中規模書店チェーン書店員)