現在、東京国立近代美術館で開催中のゲルハルト・リヒター展。アート好きの間で話題となっているが、なんと日本を代表するギャングスタラッパーのこの2人が鑑賞! 現代美術とは接点があまりなさそうにも見える彼らだが、巨匠の作品たちを前にして何を感じたのか――。
(写真/藤田二朗)
ゲルハルト・リヒター展
会場:東京国立近代美術館
会期:2022年6月7日(火)~10月2日(日)
開館時間:10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00) ※入館は閉館30分前まで
※ただし、9月25日(日)〜10月1日(土)は、休館日を除く全日程10:00〜20:00まで開館します。
休館日:月曜日[ただし9月19日、9月26日は開館]、9月27日(火)
※10月15日〜来年1月29日に豊田市美術館にて巡回展も開催。
漢 a.k.a. GAMI(写真右)
1978年生まれ。東京・新宿出身。2000年代初頭、ラップ・グループのMSCを率いて頭角を現す。05年にMCバトル大会「UMB」を設立した。15年に出版した自伝『ヒップホップ・ドリーム』(河出書房新社)はベストセラーとなった。
D.O(写真左)
1978年生まれ。東京・練馬区出身。練マザファッカーを率いる。KAMINARI-KAZOKU.の一員として活動を始め、2006年に1st『JUST HUSTLIN’ NOW』発表。19年の収監直前に自伝『悪党の詩』(彩図社)を出版し、21年末に出所。
カニエ・ウェストのアルバムジャケットを村上隆が手がけたり、ジェイ・Z&ビヨンセ夫妻はダミアン・ハーストやリチャード・プリンスなど1500億円以上といわれるアートコレクションを保有していたりと、アメリカのヒップホップ界は現代美術との接点が少なくない。翻って日本はまだそんな状況ではないが、折しも現在、東京国立近代美術館にて現代アートの最高峰と称されるゲルハルト・リヒターの大個展が開催中だ。というわけで今回、ギャングスタラッパーの漢 a.k.a.GAMIとD.Oが会場に参上。同美術館の主任研究員である桝田倫広氏のレクチャーを受けながら、ガッツリ鑑賞する!
桝田倫広(以下、桝田) 本日はゲルハルト・リヒターというドイツの作家の作品を観ていただきます。よろしくお願いします。
D.O(以下、D) 現代アートというと、歌舞伎町のビルでやったChim↑Pomの個展のパーティに漢も出たから行ったけど、それ以外はあまり見たことがなくて。そんな感じっすけど、よろしくお願いします!
漢 a.k.a.GAMI(以下、漢) あとは、小学校からの幼なじみでグラフィティライターのTABOO1と接点があるくらい。そもそも美術館自体、来たことがないわけではないけど、来る機会はなかなかない。
D 僕は、アムステルダムのゴッホ美術館には行ったなぁ。とにかく、今日は楽しみっす!
桝田 では、まずリヒターの略歴から解説しましょう。1932年生まれ、現在90歳です。
D 90歳!?
桝田 今も描き続けています。彼はナチスドイツが政権を取る前年、ドイツ東部のドレスデンという町で生まれました。地元で美術の教育を受けたのですが、共産主義の東ドイツでは表現の自由がなかったんですね。それで「自由に表現してみたい」と61年に西ドイツに移住。その直後にベルリンの壁ができて東西を行き来できなくなり、親にも会えなくなったそうです。移住後、西ドイツで美術を勉強し直すと、あまりに自由すぎて自分のスタイルを模索するようになります。そんな時期に描かれた初期の作品がこちらです。
【1】モーターボート
【1】モーターボート
《モーターボート(第1ヴァージョン)》1965年、ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
(写真/藤田二朗)
桝田 なんだと思いますか?
漢 まあ、水上でボートに乗ってるところですね。
桝田 そうですね。これは油絵ですが、実際に誰かがボートに乗っているところを見て描いたのではなく、写真を正確に描き写しています。しかも、元の写真は友人や家族などが写ったものではなく、実はコダックの広告写真なんです。
漢 じゃあ、写真をどこまで忠実に再現するか的なことが目的の絵ですか?
桝田 はい。そして描いた後、最後にブラシで画面が均等になるようにぼかしを入れています。
漢 これを西ドイツに来て描いた意味としては、さっき説明いただいたように自由すぎてわからなくなってしまったということですかね。
桝田 それもあると思います。加えて当時、マスメディアが発達して写真や映像が影響力を持つようになり、絵画が少しずつ時代遅れになってきていました。そうした中で新しい絵画の試みをしたところがあるようです。
【2】8人の女性見習看護師
【2】8人の女性見習看護師
《8人の女性見習看護師(写真ヴァージョン)》1966/1971年、ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)(写真/藤田二朗)
桝田 これも写真を描き写した絵画です。
漢漢 そういう感じがしました!
桝田 看護学生寮で惨殺された被害者として、新聞で報道された女性たちの顔写真です。
D その補足があると、見方がガラッと変わりますね。笑顔の絵だけど、なんかヒネくれたメッセージがあるっていうか。新聞みたいな質感の白黒で描きたかったわけでしょ? そのメッセージ性がスゴい。アーティスティックだなってつくづく感じるメ~ン。
【3】カラーチャート
【3】カラーチャート
《4900の色彩》2007年、ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
(写真/藤田二朗)
桝田 60年代後半になると、こういった作品を作り始めます。画材屋にあったカラーチャート(色見本)を描いているんです。生活の中でそれを見ればカラーチャートという意味のあるものですが、絵画に置き換わると意味がないものに見える。具象でも表れる場所を変えると抽象的なパターンになる、という発想から描かれた作品です。
D 色の並び方に意味はないんですかね?
漢 本当は何か描いたんじゃないか、それが浮かび上がってくるんじゃないか……っていろんな角度で見たくなる。
桝田 そうなんです。本当は意味はないのですが、人は何かそこに意味を見いだそうとする。それがイメージの面白さ、不思議さですね。
D なんとか見ようと思っちゃいますね。実際、何も考えずにただ並べたわけじゃなさそうだし。
桝田 5×5色でひとつのパネルになっていまして、そのパネル196枚で構成されています。パネル内の色はコンピュータを使ってランダムに組み合わせ、パネル196枚の並び方は展示空間に合わせて配置しているんです。こうした無限の色の可能性を追求していく中で、次に出てくるのがまったく違う作品です。
【4】グレイ・ペインティング
【4】グレイ・ペインティング
左:《グレイ(CR: 348-3)》1973年、ゲルハルト・リヒター財団蔵 右:《グレイ(CR: 401)》1976年、ゲルハルト・リヒター財団蔵 ©Gerhard Richter 2022 (07062022)
(写真/藤田二朗)
漢 これ、自宅とかホテルの壁だったら、だいぶオシャレだと思う。
D 確かに(笑)。
桝田 同時期にさまざまなグレイの作品を制作しています。
漢 こっち(写真右)のほうが均一に塗られていて、「ペンキを塗るのがうまくなったな」って見えるな。感覚的にはね。この人って、普通に人物を描くのはもうやり尽くしてからの、これですか?
桝田 そうですね。東ドイツで唯一認められていたのは、いわゆる社会主義リアリズム。基本的にはスターリンを誉め称える労働者などを描くことだったんですね。抽象的な作品を描くと、「前衛の堕落したことをやっている」と批判されてしまう。
漢 なるほど。でも、ちょっと解放されすぎちゃった感はあるね。
桝田 なぜグレイなのかというと、あらゆる色を混ぜるとグレイになるからなんですよ。
漢 はいはい、それは聞いたことがあります。
桝田 だから、グレイ・ペインティングもカラーチャートも表れ方は違うけれども、やっていることは一緒ともいえます。
漢 つまり、このグレイは1色に見えるけど、いろんな色が含まれてるってことですかね。まあ、実際には1色で塗ってるかもしれないけど。答えとしては、そういうことですよね。
桝田 おっしゃる通りです。
漢 なるほどね。哲学とか思考を表現してるんだろうな。作品のほうから「何が見える?」ってクエスチョンを突きつけられてる感じがしますね。うん、なんとなくもう読み取れてきました。とりあえず「考えろ」ってことだよね。まず考えて、自分で気づいていくっていう面白さなんだろうな。誰も答えを知らないだろうけど。それが見方っていうか、楽しみ方っていうか。
D いやぁ、ブッ飛んでるメ~ン!
漢 我々が考えてみたことが、作家本人にしたら「おっ、俺以上に深い答えを出したな!」って驚く場合もありそう。音楽でもよくあるよね。「俺らが言いたいこと以上に、リスナーが深いとらえ方をしてる!? 逆にヤバい」みたいな。
D それはめちゃめちゃあるね。
漢 その世界だよね。
D 恐れ多くも、ちょっと通ずるところがある。これは面白くなってきたってハナシ!