――甘い、辛い、酸っぱい……日本の食生活で日常的に出くわす味がある。でも実は、“伝統”なんかではなく、近い過去に創られたものかもしれない――。身近な味覚を通して、知られざる戦後ニッポンを掘り起こす!
【澁川祐子の「味なニッポン戦後史」】
【1】専業主婦率上昇で浸透した「だし」をめぐる狂騒 「うま味」(前編)
【2】魔法の白い粉「味の素」の失墜と再評価 「うま味」(中編)
【3】無形文化遺産登録で露呈した伝統的な「和食」のほころび 「うま味」(後編)
日本専売公社をルーツとする塩事業センター製造の「食卓塩」。
塩は、台所に欠かせない調味料だ。ただ味をつけるだけではない。どんなに丁寧に取っただしも、塩をひとつまみ加えないことにはおいしく感じられない。あんこを炊くときも、塩をほんの少し入れると甘みがぐっと立つ。塩は、味の輪郭を描く料理の要だ。
それほど味を左右するにもかかわらず、ほんのひと昔前、20世紀の終わりに近づくまで、日本の台所では塩の選択肢がかぎられていた。明治政府が日露戦争の財源確保のために、塩専売制度に踏み切ったのは1905年(明治38)のこと(実際には、たいした収益にはならなかった)。以来、その是非が何度も問われながら、97年(平成9)まで制度は続いた。さらに経過措置期間を経て、完全に自由化されたのは2002年になってからだ。
専売制の廃止によって、新たに輸入岩塩や国産の塩が売り場をにぎわし、多種多様な塩が新聞や誌面で取り上げられるようになった。なかでも目を引いたのが、「SPA!」(扶桑社)98年(平成10)8月26日号の「さらば塩化ナトリウム。今、時代は純天然塩!」という見出しだ。
塩化ナトリウムとは、塩のこと。日本専売公社が販売してきた、塩化ナトリウムの純度の高い食塩を指す。対して、純天然塩は「海水のミネラルを含んだ微妙な味わいの塩」で、専売制が廃止された今、「純天然の自然塩が国産、輸入物ともにブームなのだ!」と煽る。塩のことを知ると、ツッコミどころ満載の表現なのだが、いかにも人工的なものをイメージさせる「塩化ナトリウム」と「純天然の自然塩」との対比がすこぶるキャッチーだ。そしてこの二項対立にこそ、塩をめぐる戦後のすったもんだが凝縮されている。