日本では昔から、大人が悪さをする子どもを「地獄へ堕ちるよ」と叱った。ただ、地獄の概念は他国にもある。それは仏教やキリスト教でどのように定義され、日本や西洋の社会でいかにとらえられてきたのか。そして、近年の「地獄ブーム」の背景とは――。
鎌倉時代の1309年、藤原氏の氏神である春日大社に奉納された絵巻「春日権現験記(模写)」(国立国会図書館蔵)。
悪人の行き先といえば、地獄である。近年、「地獄」がブームとなっている。千葉・旧安房郡延命寺秘蔵地獄絵巻を元にした『絵本 地獄』(風濤社)は1980年に出版されたものだが、マンガ家・東村アキコが子育てを描いたマンガ『ママはテンパリスト』第4巻(集英社/2011年)で紹介され、累計40万部を超える大ヒット作に。今や定番絵本となっている。また16年、東京で企画展「ようこそ地獄、たのしい地獄」が開催され、 多くの人が観覧。17年には東京と京都で「地獄絵ワンダーランド」展も開催された。あるいは、16~20年に連載されて大ブームとなったマンガ『鬼滅の刃』(集英社)では、人を殺した鬼は地獄に堕ちるという世界観が描かれている。さらに、21年11月からNetflixで配信されている韓国ドラマ『地獄が呼んでいる』は全世界ランキング1位を獲得。地獄は世界中の人々の関心を引くモチーフとして描かれている。
地獄は仏教にもキリスト教にも存在する概念だ。日本には6世紀、仏教の伝来と共に伝わった。前述した「ようこそ地獄~」展が開催された国立公文書館で研究する国文学者で、『ようこそ地獄、奇妙な地獄』(朝日新聞出版)の著者・星瑞穂氏は、次のように語る。
「平安初期の仏教説話集『日本霊異記』には、殺生や強奪、姦淫など現代の感覚でも許しがたい罪で地獄に堕ちた人や、量りをごまかして稲を貸し付けた高利貸しなど強欲によって地獄に堕ちた人の話が多く記されています。その一方で、現代の感覚だと『それで地獄行きなの?』という意外な罪で地獄に堕ちた人もいます。例えば、平安末期の説話集『宝物集』には、嘘(フィクション)によって『源氏物語』を書いたという罪で紫式部は地獄に堕ちたと断言されています。鎌倉時代前期の説話集『宇治拾遺物語』では、写経の際に魚を食べたり女性に触れたりした人が閻魔王の裁きを受けています。ほかにも、人に無理やり酒を飲ませるアルハラなどでも地獄に堕ちる。現代では、地獄は極めて悪い人が行くところというイメージですが、中世では多くの人が地獄、選り抜かれた良い人だけが極楽に行く。前提が違うんです」