――ビジネスの最先端を突き進むテック業界。そんな多くのサービスは我々の生活を豊かにしたことに異論を持つ人はほぼ皆無だろう。だが、その裏側では業界に脈々と受け継がれた“ホラと詐欺”による錬金術があることもまた事実だ。ここでは業界のカリスマと呼ばれる面々のヤリクチにスポットを当ててみたい。
(絵/小笠原 徹)
シリコンバレーの歴史は嘘とハッタリでできている──。その事実を近年、最も鮮明に浮かび上がらせた事件のひとつが、今年に入り詐欺罪で有罪判決を受けた医療ベンチャー「セラノス」を率いた女性起業家、エリザベス・ホームズが起こした騒動だ。
スタンフォード大学を2年で中退した彼女は、2003年に19歳でセラノスを創業。「指先から採取する一滴の血液で、あらゆる血液検査を可能にする」というふれこみで投資家から7億ドルを調達。ピーク時の企業価値は90億ドル(約1兆円)にも及んだ。
しかし、同社が謳う“画期的なイノベーション”は結局、実現からは程遠いものであることが発覚し、2018年9月に会社は完全消滅。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官やメディア王ルパート・マードックなどの超大物を出資元に巻き込んだこの騒動は「シリコンバレー史上最大の詐欺事件」としてメディアを騒がせている。
事件の背後にあるのは、人々の「世界を変える」という美言への憧れと、「実現できるまではフェイクでやり抜く(Fake it till you make it.)」というテクノロジー業界特有の企業カルチャーだ。ニューヨーク・タイムズは今年1月、ホームズが 「実際に機能する製品ができるまでの間、シリコンバレーの伝統に則って図太くやろうと考えたのも無理はない」と書いた。
大ボラはシリコンバレーの伝統
スティーブ・ジョブズ、エリザベス・ホームズ
スティーブ・ジョブズは誇大妄想とハッタリで人々を魅了し、カネと人材を吸い寄せた。その伝統をエリザベス・ホームズは受け継いだ。(絵/小笠原 徹)
黒のタートルネックを身にまとい、巧みな弁舌を操るホームズは、「スティーブ・ジョブズの再来」ともてはやされた。彼女が宣伝したイノベーションは、貧しい人々が十分な医療を受けられない米国の医療制度を変えると期待され、投資家は先を争って「理想的なストーリー」に飛びついた。セラノスと提携した大手薬局チェーンのウォルグリーンズは、競合に技術を奪われることを恐れ、中身をよく見ずに莫大な投資を行ったとされている。
アップル帝国を築き上げたジョブズもまた、「現実歪曲フィールド」と呼ばれる誇大妄想とハッタリで優れた人材と投資家を呼び込み、会社を成長させたことで知られるが、その伝統は今もシリコンバレーの根底に脈々と流れている。
テスラの成功で世界一の富豪となったイーロン・マスクも「人類を火星に移住させる」という壮大な夢を語るが、どこまで本気なのかは疑わしい。しかし、世界を変えるという大ボラは今、暗号通貨やNFT、メタバースといった最新のバズワードと共に、新たな領域に広がり始めている。