――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界でさまざまなテクノロジーが生み出され、デジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。
今月のテクノロジー
べリングキャットべリングキャット創業者のエリオット・ヒギンズ。画像はGetty Imagesより。2014年に開設されたオランダに本拠地を置く民間の調査報道機関。同年のマレーシア航空17便撃墜事件を皮切りに、さまざまな事件の真相を暴いてきた。日本では20年にNHK BSプレミアムで紹介されたほか、ニュースサイトとの提携も発表されている。
誰が、クラスター爆弾を撃ったのか?
2月24日、ロシアがウクライナに全面侵攻をかけてから6週間ほどが経っている。その多くの街が破壊されて、市民が亡くなっていることは、日々ニュースで報じられている通りだ。死亡した人々の中には、ジャーナリストも含まれている。
しかし、こうした戦場には足を踏み入れずに、オンライン上のYouTubeやツイッターにアップロードされる動画であったり、グーグルマップや衛星写真などのネット情報だけで、続々とこの戦争の『不都合な真実』を暴いている調査集団がいる。
それが、2014年に設立された調査集団「べリングキャット」(本拠地アムステルダム)だ。
これまでのジャーナリストとは全く異なり、いわゆる現場に乗り込んで、人々にマイクを向けるようなスタイルは取らない。その代わり、戦場にいる人々がスマートフォンで撮影した動画などから、プーチン大統領など国家権力者らのウソを暴くようなスクープを放っている。
いわばネットオタクから進化した、オンライン調査集団だ。
例えば、多くの一般市民を巻き添えにしたり、不発弾によって子どもたちが死傷することから、100以上の国が使用を止めているクラスター爆弾という武器がある。ロケットを発射すると、中から無数の小爆弾がバラ撒かれて、あたり一帯を爆破するという恐ろしい武器だ。
実はこの禁じ手ともいえる武器を、ロシア側の軍隊がウクライナの市街地で使っているという疑惑を、べリングキャットが続々と報じている。ざっくりとではなく、いつ、どこで、どうやって使ったか、具体的にレポートしているのだ。
本当にネット情報だけで、カオスな戦場についてレポートできるのか。創業者のエリオット・ヒギンズにインタビューをすると、次のように答えてくれた。
「できます。クラスター爆弾は、ロケットの弾頭、小爆弾、モーターの3つの部分が地面に着弾します。その場所を衛星写真で特定して、ロケットの飛距離から計算して、発射地点を特定していくのです」(エリオット)
まるでグーグルアース(衛星写真サービス)のように「天空の目線」から、いつ、どこで、どんな武器が着弾しているのかを記録してゆき、どのような流れで、このクラスター爆弾が子どもたちが通っている幼稚園であったり、多くの人が暮らしている市街地だったりに撃ち込まれているのか、分析をしているわけだ。
しかもネット調査はそこで終わらない。この戦争が終わった時に、誰がこの非人道的なクラスター爆弾を撃てと命じたのか、その責任の所在にまでリサーチをかけているのだ。
「実はロシアの軍隊は、暗号化されていない無線機で通信をしています。そのやり取りが、データになってオンラインでも聞けるのですが、そこにはどの部隊が関わったか、誰が指示をだしたかといった情報も入っているんです」(エリオット)。
いつ、誰が、どういった指示で、人道的に問題のあるミサイルを放ったのか。こうした情報をべリングキャットの専門チームと、彼らの調査に加わっているネットユーザーたちが、一つひとつ「デジタル・アーカイブ」にして積み上げているわけだ。
そこには、ウクライナ侵攻における戦争犯罪がいつか国際的に裁かれる時に、有力な資料にしたいという狙いも込められている。