現役生活において、冬馬はゲイであることが演技に影響する可能性を感じることもあった。
「自分としては競技は競技、セクシュアリティはセクシュアリティと割り切って取り組んでいました。それでも、意識しないところで僕がゲイであることが芸術性の表現に表れていたのかも、と感じます。だから、もしペアの選手がゲイやレズだったら苦労する点があるかもしれない」
男女が組んで競技をするペアでは、男女間の心の機微をうまく表現することが芸術性の高さにつながるときがある。その場合、演技中は選手同士が一種の疑似恋愛のような状態になることも選手やケースによっては必要とされている。芸術性が重視されるフィギュアならではの特徴だろう。翻ってゲイの男性とストレートの女性のペアだと、表現が困難になる可能性があるという話だ。
「だから、たまに考えるんですよ。ペアを同性と組めないかなって。ゲイ同士、レズ同士なら芸術性の表現もスムーズにしやすいでしょうからね。それが男子ペアであれば今までのフィギュアにはない、芸術性も高い上にダイナミックでアクロバティックな技だって生まれそう」
フィギュアは競技人口の少なさもあってか、閉鎖的な部分もあったという。もし、冬馬の提案のような取り組みが実現すれば、日本のフィギュア界がより自由に、より強く、より魅力的な競技になるための起爆剤となるだろうか。
*本稿は実話をもとにしていますが、プライバシー保護のため一部脚色しています。
田澤健一郎(たざわ・けんいちろう)
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターとなる。野球をはじめとするスポーツを中心に、さまざまな媒体で活動している。著書に『あと一歩!逃し続けた甲子園 47都道府県の悲願校・涙の物語』(KADOKAWA)、共著に『永遠の一球 甲子園優勝投手のその後』(河出文庫)などがある。
前回までの連載
【第1回】“かなわぬ恋”に泣いたゲイのスプリンター
【第2回】サッカー強豪校でカミングアウトを封じた少年
【第3回】“見世物のゲイ”にはならないプロレスラーの誇りと覚悟
【第4回】童貞とバカにされながら野球に没頭した専門学校の部員
【第5回】男性として生きるために引退を決めた女子野球選手の葛藤
【第6回】「ウリ専」のバイトでゲイを自覚した一流大学のボクサー