――昨年、人権問題が指摘される中国・新疆ウイグル自治区の綿を使用しているのではないかと疑われ、世界から激しく非難されたユニクロ。改めてあの騒動をつぶさに見ていくと、ファストファッションを含むアパレル産業の構造的な問題や矛盾、そしてSDGsの背後にある“政治的思惑”が浮かび上がってきた――。
(絵/長嶋五郎)
ファストファッションが人件費の安い発展途上国の工場労働によって成り立っているということは、すでに周知のことだろう。しかし、それについて深く調べて、「労働状況に問題があるなら買わない」という毅然とした態度を取るのは、“意識が高い”人や“懐に余裕がある“”人でないと難しいかもしれない。
アメリカでは、中国・新疆ウイグル自治区に住む少数民族、ウイグル族の人権を侵害する強制労働によって同国の企業が利益を得ているとして、トランプ前政権から弾圧に関係する企業や団体への制裁措置が行われている。2019年10月以降、中国の監視カメラ大手のハイクビジョンなどに輸出禁止措置を発動したほか、21年1月にはウイグル産の綿やトマトを使った製品の輸入を全面禁止に。これによりユニクロのシャツの輸入も差し止められた。
ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は同年4月の記者会見で、「すべての工場を監視し、問題があれば取引停止している」としながらも、「それ以上は人権問題というより政治問題なのでノーコメント」と発言。これには国際的に批判の声が上がった。
また6月、フランスの司法当局は「人道に対する罪の隠匿」の疑いで、ユニクロのフランス法人のほか、ZARAを運営するスペインのインディテックス、アメリカ靴メーカーのスケッチャーズ、フランスのアパレルメーカーのSMCPという4社の捜査を始めた。さらに12月には、アメリカでウイグルの産品を原則として輸入禁止とする「ウイグル強制労働防止法案」が成立した。
こうした中、スウェーデンの衣料品大手へネス・アンド・マウリッツ(H&M)は「新疆産の綿花を使わない」と宣言。ナイキ、アディダス、バーバリーも同様の声明を出し、ギャップも「新疆ウイグル自治区から一切衣服を調達していない」と発表している。一方で、日本では無印良品を展開する良品計画は、「自社製品の綿を栽培する農場などは第三者機関が毎年、監査を継続している」として、「自信を持って新疆ウイグル自治区で栽培された綿を使用する」とした。
そしてユニクロは12月、環境問題や人権、多様性に関する目標や現状を説明する会見を実施。ウイグル問題について新田幸弘グループ執行役員は、「原材料までさかのぼって、ありとあらゆる地域におけるトレーサビリティと、人権侵害や環境の問題がないということを、第三者などを通じて確認しております。これまでそういう問題は起こっておりません」と回答した。
SDGsという言葉が浸透する中で、「日本政府は、日本がSDGsのどの項目を重視していくのかを示すためにも、ユニクロにしっかりと自証責任を負わせていく必要がありました。ユニクロが良いか悪いかを超えて、課題設定に問題があります」と指摘するのは経済学者の飯田泰之氏(明治大学准教授)。
「そもそもSDGsがここまで注目されている理由としては、国際的な経済的覇権の争いが非常に大きいんです。中でも、再生可能エネルギー導入をリードするヨーロッパにとっては、達成が容易な目標を“国際的な倫理観”にすることによって、倫理的・経済的に優位に立ちたいという思惑があります。しかし、その問題点に異を唱えるタイミングはすでに逸しています。SDGsが社会の重要な目標であることは、もう否定しようがない。では、ここからどうやって自国に有利な方向に変容させていくか。その勝負から日本企業も政府もあっさり降りてしまっているように見えるのが非常に残念です」(飯田氏)
振り返ってみれば、これまでもアパレルと人権問題、およびユニクロと人権問題はたびたび問題となってきた。アパレル業界全体に大きな衝撃をもたらしたのは、13年にバングラデシュ・ダッカ近郊で発生したビル崩落事故だ。複数の縫製工場が入った複合ビル「ラナ・プラザ」が崩落し、死者1138人、負傷者2500人以上を出した。この工場は欧米の大手ファストファッションブランドの下請けになっていた。
あるいは15年には、香港を拠点に中国における多国籍企業の活動を調査するNGOのSACOMが、「中国国内ユニクロ下請け工場における労働環境調査報告書」を発表した。ユニクロの下請け工場では労働法が無視され、月の合計労働時間は300時間を超えていたという。特に染色工場については異常に高温で、換気設備、有害な化学物質に対する防護措置が不十分であり、健康リスクが高い環境下で労働者たちは作業していたことが伝えられたのだ。
こうした中、「アパレル業界では労働環境の見直しが行われてきた」と証言するのはファッションジャーナリストの南充浩氏。
「事件が起きるたび、コンプライアンスのチェックは厳しくなっていました。特に欧米のアパレルブランドは協力工場に直接赴いて労働環境をチェックし、改善の強化を行っていましたね」(南氏)