――なるほど。今回の「大友全集」はこだわっているのでしょうか?
中野 そのようですね。大友はアニメを作るときに絵コンテを自分で描いているのですが、それも全部収録するようです。
――そもそも、全集が出るような漫画家はいろいろな出版社で描いていることが多いかと思われます。全集を出す際に、版権の処理とかはどうしているのでしょうか?
中野 基本的に著作権は作者に帰属しますから、全集を出す際には作者の意向で特定の出版社から出せるのですが、大友さんは大友全集を出すのに先立って双葉社からは全部版権を引き揚げたようですね。双葉社から出版してロングセラーになっていた『童夢』とか『ショート・ピース』『ハイウェイスター』といった作品が、最近は新刊で手に入らない状態になっていました。
――手塚の場合も「講談社から全集を出す」と言えば、他社から出ているものでも講談社で出せたということですか?
中野 そうですね。実はそこが出版社にとっての全集を出すメリットでもあって、全集を出すといえば、他社が絶対によそには権利を渡さないと決めている作品でも出すことができる。例えば、『ブラック・ジャック』は秋田書店に優先権があり、他社には絶対に渡さないものですが、全集を出すのならば仕方がないとなる。それで『ブラック・ジャック』は秋田書店から出ているけど、講談社の「手塚治虫漫画全集」にも収録されている。09年より文庫版の「手塚治虫文庫全集」(講談社)全200巻も刊行されましたが、こちらにも『ブラック・ジャック』は収録されています。
――その文庫全集には、手塚の全作品が収録されているのですか?
中野 いいえ。エッセイとか小説とか「漫画全集」に収録されて「文庫全集」に収録されていないものもあります。『妖怪探偵團』とか『キングコング』とかいくつかの作品はどちらにも収録されていません。また、先ほど言ったように最初に描いたオリジナルではなく、描き直されたものが収録されているというケースが大半ですから、これをもって本当に全集と言っていいのか、という疑問は突き詰めるとあります。
――本当に全作品を収録した漫画家の個人全集というのは存在するのでしょうか?
中野 06年からオンデマンド出版で刊行された全500巻の「石ノ森章太郎萬画大全集」(角川書店)にはおそらく全部入っていると思います(石ノ森は漫画を「萬画」と呼んでいた)。これはオンデマンド出版ですから、注文した人のところにだけ届くようになっていた。注文が来た分だけ刷る仕掛けになっていたので、一般の書店では基本的に売られていません。いまはデジタル版のデータが講談社から配信されています。おそらく角川書店が権利を手放し、講談社が買い取ったのだと思います。
――ほかに漫画家の個人全集にはどのようなものがありますか。
中野 中央公論社(現・中央公論新社)から「藤子不二雄ランド」(1984年刊行開始・全301巻)が出た時は、「手塚治虫漫画全集」が当時300巻だったので、手塚が悔しがったそうです。藤子不二雄は87年にコンビを解消して藤子・F・不二雄と藤子不二雄Aに分かれ、09年からは小学館より「藤子・F・不二雄大全集」(全115巻)が刊行。21年には電子版の配信もスタートしました。一方、「藤子不二雄ランド」の藤子不二雄Aのラインナップは「藤子不二雄Aランド」として、02年から復刊ドットコムより全149巻で刊行されています。
ほかには、「ちばてつや全集」(ホーム社)、「水木しげる漫画大全集」(講談社)、「竹宮惠子全集」(角川書店)、「萩尾望都作品集」(小学館)、「山岸涼子全集」(角川書店)、「つげ義春大全」(講談社)、「楳図かずお 楳図パーフェクション!」(小学館)などがあります。このうち、「水木しげる漫画大全集」は責任監修の京極夏彦さんがこだわって完全に近いものを出したようですが、ほかは必ずしも全作品が収録されているわけではなく、正確には作品集と呼ぶべきものもあります。
――昔の作品だと原画がなくなっている場合もあるでしょうから、その場合はどうやって印刷するのでしょうか?
中野 そもそもなくされるのが嫌だから原画を渡したくないという先生も多いんです。印刷所に昔の製版用のフィルムが残っていれば、それを使うという方法がまずひとつあります。それがなくても、最近は印刷技術が進んでいますから、昔出た単行本をもとにきれいに印刷することができます。従来は雑誌をもとに印刷すると線が汚かったり、裏のページの線が裏写りしてしまうことがあったのですが、これも今は技術が進んできれいにできるようになっています。
――全集を出すのは、ビジネスとしてもうかるものなのでしょうか? それとも、文化的意義に基づくプロジェクトで、利益はそれほど出ないのでしょうか?
中野 そんなにはもうからないと思います。最初はある程度の人が買ってくれても、巻数が増えるほど売り上げは減っていきます。大前提の問題として、ほとんどの読者の家には、100巻を超える全集を並べて置いておけるほどのスペースがないんです。それでもなぜ出すかというと、やはり出版社の責務として文化的意義のある出版物を出しておきたいというのがひとつ。あと大きいのは、コンテンツを確保しておきたいという出版社のもくろみがあると思います。
先ほど言ったように全集を出すとなれば他社が権利を持っている作品でも自分のところで出せて、デジタルデータを持つことができます。これからの時代はコンテンツを抱えている出版社が勝つことは明らかです。デジタル化したデータを持っていれば、海外向けに翻訳版を出す時とか、漫画を電子書籍やアプリにするときも有利なんです。
これからの長期戦略として、特に世界的に評価が高い漫画家のデジタルコンテンツを押さえておきたいというのは、出版社としては当然あると思います。講談社が最近手を出している全集が、つげ義春、水木しげる、大友克洋といずれも海外で評価の高い漫画家であることを見てもこれがわかります。
――なるほど。ちなみに、現在書店で手に入らない全集は全巻そろっていたら古書店で高い値段がつくのでしょうか?
中野 残念ながらそれほどでもありません。古い光文社版の「手塚治虫漫画全集」などは高値がつくかもしれませんが、講談社版はそれなりに部数が出ているので、全巻そろいで出したとしても10万円になるかならないかくらいだと思います。
――今後個人全集が出そうな漫画家は誰でしょうか?
中野 小学館と双葉社の合同企画で21年10月から「谷口ジローコレクション」が刊行スタートしていますね。あと高橋留美子は世界的評価が高いので出るかもしれません。小学館でずっと描いている漫画家なので、出るとしたら当然小学館でしょうけど、ひょっとしたら講談社も出したいと思っているかもしれませんが。つまるところ、全集を出せるほど作品数があって、採算が取れるほど売れそうな漫画家がどれくらいいるかというと、かなり限られているかもしれませんね。
(取材・文/里中高志)