――11カ月間の“おつとめ”を経て、去る8月にシャバへ出てきたラッパー、RYKEY DADDY DIRTY。ヒップホップ界の内外で物議を醸してきたこのトリックスターは、獄中で“活字の滝”に打たれていたという。一体、どんな本を読み、何を得たのか――。出所間もない本人を直撃した。
(写真/西村満)
“諸般の事情”で収監されていたラッパーのRYKEY改めRYKEY DADDY DIRTYが2021年8月、水戸刑務所を出所した。
ケニアにルーツを持ち、もともと地元・八王子のギャングの一員だったこの男は、2010年代、ハードな生い立ちや“ストリート”のリアルな情景を文学的に描くラップでリスナーの支持を集め、瞬く間にヒップホップ界の重要人物となった。他方で、18年には俳優・草刈正雄の娘である紅蘭との間に第1子の女児が誕生したが、少年時代から“不良”の道を歩んできた彼は、今回の懲役を除いて過去にも2度の服役歴がある。また、歯に衣着せぬ物言いと破滅的な行動でしばしば物議を醸してきた存在としても知られる。さらに、家庭内のトラブルが週刊誌にスキャンダラスに報じられたこともあった。
そして、つい先頃まで“おつとめ”していたわけだが、獄中ではいつも読書をしていたようで、今回の服役中もファンへ宛てた手紙に「活字の滝に打たれて生活をしている」と達筆で書き綴った[本記事次ページ写真参照]。彼の獄中生活を支えた本とは、どのようなものなのか。活字の滝行を経て何を見いだしたのか――。目の前に現れた“稀代のトリックスター”は落ち着いた様子で語り出した。
服役中の2021年3月、ファンに宛てた手紙がツイッターやインスタグラムの本人アカウントで公開された。達筆!
――まず初めに、刑務所の中ではどういう生活を送り、いつ読書していたのか教えてください。
R 今回は11カ月間、独居(独居房)で生活して、平日は主に「養護工場」(高齢者らが作業する工場)で、体が不自由な人の介護、ヘルパーをしていました。作業が終わった後の夕方と、土・日、祝日は余暇時間なんで、そのときに本を読んだりして、自分を見つめ直す時間、新しい知識を自分に入れる時間にして。シャバにいるときは本は全然読まないんですけど、ああいうところにいるからこそできることが読書だった。
――本の入手方法は、刑務所図書館の官本、購買部で購入、家族・知人からの差し入れの3通りあると思いますが、どの方法で読んだのでしょうか?
R 差し入れです。みんな快く差し入れしてくれたので、刑務所から借りることはなくて。官本はツマんなくなったら途中でやめちゃうけど、大切な人たちが送ってくる本には「なんか意味があるんじゃないか」って思ったから、全部最後まで読んだ。
――取材前にいただいた、今回読んだ本のリスト(本記事4ページ目コラム)を見ると、哲学関連の本が多いようです。
R カッコよく生きたいということが原点にあるんで。未来に残せるようなことをした人の自伝や実話が好き。なりたい自分になるための先人の教えという感覚で読みましたね。
――順番に感想をうかがいたいのですが、まず『超訳 ニーチェの言葉』【1】。どういうところが面白かったですか?
R 「やっぱ、俺が思ってることは正しかったんだ」と思いましたね。例えば、「神は死んだ」っていう有名な言葉。自分は神なんだ、自分の人生は自分がやりたいように自由に生きる、誰でも「超人」になれる、みたいな考え方だと思う。今となっては当然の考えですよね。
――19世紀後半、ドイツの哲学者ニーチェは、近代文明によりキリスト教の影響力が失われ、それを道徳の基準としていた人々が自分の行動の目的を見失う時代の到来を確信して「神は死んだ」と宣言。そして、その状況をむしろ歓迎し、既存の価値にとらわれず自分自身で目標を立てて新しい価値を生み出す人間を「超人」と呼びました。この思想に共感するのは、ラッパーならではかもしれません。
R そうですね。ニーチェは、自分が生きて感じたことを言葉に落とし込んで、難しいことをできるだけ簡単に「俺はこうやったよ」と教えてくれてる。それが、自分が考えてることと同じだったから、スゴく読みやすかった。好きっすね。この本は今でも持ってる。
――ニーチェよりも前の18世紀ドイツで生きた近代哲学の祖、カントを解説した『まんがで読破 純粋理性批判』【2】はどうでした?
R よく言われる、「リンゴを見て自分は赤いと感じるけど、実はほかの人には違う色に見えてるかもしれない」みたいなカントの考えがあるじゃないですか。あれって要は、人それぞれ十色、考え方は違うもので、いろんな生き方をしていいということですよね。……って俺は思っちゃったけど、違うかな?
――原文だと「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」という言葉で表されたものですね。
R そういう考え方って余計なことじゃないですか。そんなこと考えないで生きてる人ばっかでしょ。なのに考えまくって、自分の哲学として残している。それは刑務所の中にいた自分とスゲェ似てたんですね。刑務所という場所は、ひとりきりで余計なことを考えちゃう。哲学を求めるというか。なんのために生きてるのか、自分はどうして生まれてきたのかって、自分を知る作業をする。それに、自分もラッパーとしてリリックを書いてるから、自分の言葉で表現して若い人たちに伝えるところも似てるなと思う。
――確かに、自分の哲学をラップにしてきましたよね。
R だから俺、あんま難しく本を読んだことないんですよ。「カントはこういう考え方なんだ、俺もその考え方わかるよ、同じこと考えてたときもあるから」って、勉強というより答え合わせに近い。
――時代を超えて共鳴しているわけですね。逆に「これはわからない、理解できない」と思ったことは?
R ありますよ。この漢字が難しすぎて読めないとか(笑)。けどそれなりに、辞書で調べながら一生懸命読んでた。