(写真/getty images)
自民党総裁選に意欲を見せていた菅義偉首相が9月3日午前11時半すぎ、党本部の臨時役員会でいきなり辞意を表明した。この日の朝、朝刊各紙が「菅首相、二階氏に出馬伝達」(朝日新聞1面トップ)などと大きく報道したその矢先の出来事だけに、国内メディアばかりか、ロイター通信をはじめ海外メディアまでが速報で伝え、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。民放の政治部記者の話。
「そりゃ、驚きましたよ。だって菅さんは、最後の最後まで首相続投にこだわっていましたから。ライバルの岸田文雄さんが8月26日に出馬会見した後だって、菅さんは『総裁選前に衆院解散・総選挙に打って出たい』と二階俊博幹事長にこっそり漏らしたと聞いています。菅さんの心はずっと折れていなかった。毎日新聞が8月31日夜、ニュースサイトで『首相、9月中旬解散意向』と流したのを皮切りに、菅さん続投の意向は既定路線になっていったんです」
こうした菅氏の“続投モード”は周囲も共有していたという。大手紙の政治部デスクが打ち明ける。
「辞意を漏らした臨時役員会の直前、菅さんは二階幹事長と会って『総裁選で戦う気力を失いました』と漏らし、二階さんをひどく驚かせていたよ。同じく面会した麻生(太郎副総理兼財務相)さんには『精神的にしんどいです』と弱音を吐いてみせ、麻生さんがビックリして天を仰いだと聞いている。党の重鎮にもこの期に及んで初めて辞意を漏らしたんだから、菅さんは急に心変わりをしたとしか思えない」
メディア各社の政治記者たちが口をそろえて指摘する菅氏の心変わり。だが、果たして国の最高権力者が一夜にしてその権力を手放すようなマネをするものだろうか。
首相辞任の真相に迫るべく、本サイトはさる自民党関係者から、このほど重大な証言を得ることに成功した。その証言によれば、菅氏は辞意表明の10日前、自民党に隠然たる影響力を持つ人物に事実上の辞職を迫られていたというのだ。同党関係者が証言する。
「菅総理は8月24日の朝早く、総理官邸から珍しく自民党本部に入りました。このとき、党本部事務局の最高実力者といわれる元宿仁事務総長と会ったんです。元宿総長は50年にわたって党本部に在籍する最年長の古参職員。21人の総裁と34人の幹事長に仕え、自民党を支え続けたまさに“守り神”です。そんな人物から菅総理は決定的な一言を告げられたと聞いています」
元宿氏の名前を知る者は、自民党関係者以外にはほとんどいないだろう。党本部の2階に事務総長室を構え、隠然たる力を持つ、まさに伝説的な人物。党本部の要である幹事長室は別フロアの4階にあり、二階幹事長ですらおいそれと会うことのかなわない奥座敷に拠点を構えている。前出の自民党関係者が続ける。
「8月24日に党本部を訪れた菅総理に、元宿総長は『衆院選情勢調査結果』という一覧表を手渡したと聞いています。これは、自民党が調査会社に頼んで、全国の有権者に電話世論調査を行った結果をまとめたもので、門外不出の極秘データ。党本部内に伝わっている情報では総選挙に打って出た際、自民・公明の与党は現有議席の305から最大で60も減らし、全体の過半数に当たる233に近いところまで議席数を落としかねないという衝撃的なデータだったようです。ちょうど新型コロナウイルスの爆発的感染が全国に広がっていた時期。感染対策に批判が集中していた菅政権のままではさらに議席を落としかねず、最悪、政権交代が起きてしまうという分析結果でした」
この関係者によれば、元宿氏は調査結果を菅氏に示した上で「総理はこの1年で輝かしい成果を収められました。なのに、このままでは総理の名を汚す選挙結果になりかねない。有終の美を飾るという選択肢もあり得るのかもしれません」という趣旨の話をしたというのだ。
自民党の“守り神”が口にしたという「輝かしい成果」。その言葉が菅氏の琴線に触れ、心を突き動かしたのかもしれないというわけだ。
別の自民党職員は「菅総理は、就任直後から『コロナ禍で苦しむ世帯の負担を少なくして、可処分所得を上げることが国民の暮らしを守るためには何より大事なんだ』と言って、すぐに実行に移しました」と語り、その“実績”をこう指摘する。
「その最たるものは携帯電話料金。4人家族で毎月5万円くらいかかり、家計に大きな負担でしたが、総理の肝いりで低額プランが導入され、いまや1万円台に下がりました。NHKの受信料も年1万3000円~2万4000円と重い負担ですが、頑と譲らないNHKに働きかけた結果、2023年度に数千円の値下げが見込まれています」
そして何より、菅首相が自らの実績と認めるのがコロナワクチン接種。
「前の安倍政権の対応のまずさから、日本のワクチン接種は欧米から3カ月も遅れてスタートしました。菅総理は、動きの鈍い厚生労働省ではなく、大臣経験のある総務省を通じて全国の1741自治体に、個別にワクチン接種を働きかけました。その結果、この9月上旬時点で、人口に占める接種率は約60%に達し、先行した米国とほぼ並びました。この驚くべき成果をマスコミはほとんど流しませんから、国民の間ではほとんど共有されていないのです」(同)
国民の苦しい家計を少しでも和らげ、出遅れたワクチン接種も一気に進めようと必死だった菅氏。しかし、自身の長男が深く関わった総務省接待疑惑やワクチンの在庫不足などが浮上するたびに叩かれ、負のスパイラルに入り込んでしまったようだ。二度と国民から快く受け入れてもらえなくなり、菅氏は鬱々とした日々を送っていたそんな矢先に、自民党の“守り神”の一言があったのだ。前出の関係者は言う。
「菅総理は、マスコミの醜聞報道にさらされて国民からそっぽを向かれ、党内では菅降ろしの声がやむことはなかった。そんなとき、事務総長からその功績を高く認められ、『もう無理をなさることはないんですよ』と引き際を諭されたわけです。次第に権力への執着は収まっていったはず。直前まで辞意を表明しなかったのは、総理なりの潔さの証しだったのではないでしょうか」
今秋、衆院選が終わって新政権が本格的にスタートする頃、日本のワクチン接種率は8割に達し、先進国のトップグループに躍り出ることになる。一定の予防効果が見込まれるところだが、その成果を認められることなく首相の座を追われる菅氏の姿は、哀れである。
(文/編集部)