――街中で覚醒剤を持ち歩いていたときに、警察官から職務質問を受けたとする。そこでブツを見つけられ、逮捕されたとしても、実はその職質が違法なものであれば裁判で無罪となるのだ。確かに所持していたはずなのに、そんなことってアリなの!? “もしも”のときのために、「違法捜査」の境界線と実態を探ってみよう。
「ハッパ」という隠語がある大麻。しかし、実際に喫煙するのは、あるいは警察・マトリに押収されるのは、こうしたバッズ=乾燥させた花穂である。(写真/Getty Images)
2021年1月、仙台市の男性が大麻取締法違反(所持)の罪に問われた裁判で、仙台地裁は宮城県警の職務質問に「令状主義の精神を没却する重大な違法がある」として、無罪を言い渡した。
判決文によると、男性がコンビニで駐車中に警察官に職務質問された際、男性が拒否したにもかかわらず警察官が車のドアを開けたり、令状が執行されるまでの約5時間、駐車場に男性を留め置いたりしたことを違法と認め、「本件の証拠を許容することは、将来の違法捜査抑制の見地から相当ではない」としている。
犯罪を取り締まるはずの警察が違法捜査を行うのは本末転倒だが、他方で右記のような事例が報じられるとSNSやヤフコメで「いや、罪を犯したのが事実なら罰せられないのはおかしいだろ」といったコメントも多く見られる。違法捜査の問題はどこにあるのか? グラディアトル法律事務所の清水祐太郎弁護士は、こう話す。
「捜査機関がどのような捜査ができるのかは憲法や刑事訴訟法に定められており、捜査の方法としては任意捜査と強制捜査があります。後者は逮捕、勾留、検証、捜索・差し押さえなどで、そうした強制処分を行う場合、もっと言えば人権侵害の可能性が高い捜査に関しては裁判所が発行した令状が必要。これを令状主義といい、令状を取らずに行われた強制捜査は原則として違法になります」
一方、任意捜査は令状を必要とせず、職務質問はこれに含まれる場合がある。しかし仙台市の事例では、男性の許可なく警察官が車のドアを開ける、約5時間にわたり留め置くといった行為は本来は令状がなければ許されないものであり、これが「令状主義の精神を没却する重大な違法」と判断されたのだ。ただし、違法な捜査があったからただちに無罪となるわけではない。
「裁判は真実を明らかにする場ですが、他方で憲法や刑事訴訟法は被告人の人権と適正な手続きを受ける権利を保障しています。よって違法な手段で得られた証拠は、その証拠能力を否定される。つまり、裁判で使えなくなる。これを違法収集証拠排除法則といいます」(清水氏)
この違法収集証拠排除法則は法律によって定められているものではなく、1978年9月7日の最高裁判決が根拠となっている。
「仙台市の事例と似たケースで、昨年6月、覚醒剤の密輸で起訴されたスロバキア国籍の男性が無罪になった千葉地裁の判決があります。男性はスーツケースに覚醒剤を隠して成田空港に持ち込んだのですが、そのスーツケースが税関で、令状も本人の同意もなく解体されたことが『重大な違法性がある』と。要は、覚醒剤は見つかったものの、見つける手段が違法だったために証拠能力を失った。証拠がない以上、裁判所としては無罪判決を下すしかない」(同)
このように違法捜査には令状の有無、すなわち強制処分に当たるか否かがポイントになる場合が多い。全国各地で窃盗事件を起こしていた4人グループが逮捕、起訴された後、被告人らの車やバイクに大阪府警によってGPSが取り付けられていたことが明らかになったケースもそのひとつだ。この事例は、日本の最高裁で初めて「令状なきGPS捜査は違法」という判決が下されたことで注目された。
「車両などにGPSを取り付けることは、24時間いつでも位置情報を取得できるという点で、プライバシーの侵害の程度も高いと考えられます。17年の最高裁では、GPS捜査は強制処分に当たると判断され、かつGPS捜査の法制化の必要性にまで言及されました。ただ、現時点では明確なルールはなく、法律家の間でも意見が分かれる部分もあるので、今後、個別具体的な事例によって異なる判例が出てくる可能性はあります」(同)