――近年、トランプ前米大統領を支持し、コロナワクチンに懐疑的な存在として、日本のメディアもしばしば取り上げるキリスト教右派「福音派」。ただ、カルトと見なすには規模があまりに大きく、アメリカの政治に影響を与えてきた。では、どのように教えを広め、信者を集めているのか――。その驚くべき“布教”のあり方に迫る。
コロナ禍にもかかわらず催された福音派ミュージシャンのコンサートにて、観客はこのようなフラッグを掲げていた。(写真:Samuel Corum/Getty Images)
アメリカの人口約3・3億のうち約1億を占めるとされ、トランプの支持層として知られるキリスト教プロテスタントの福音派。プロテスタント主流派とは異なり、聖書に書かれたことを字義通りに解釈し、妊娠中絶や同性婚、教育現場への進化論導入などに強く反対する。さらには、聖書に「エルサレムを与えられた」と書かれたユダヤ人がつくった国家イスラエルを支持する政治勢力として、1970年代後半以降、共和党の支持基盤となってきた。特にアメリカ中西部から南東部にかけて福音派が多く住む地帯は「バイブル・ベルト」と呼ばれ、大統領選挙でも影響力を発揮している。『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』(ちくま新書)などの著者がある日本大学国際関係学部の松本佐保教授は、こう語る。
「レーガンが当選した1980年の大統領選挙では、福音派系ロビー団体/シンクタンクであるヘリテージ財団がダイレクトメールで信者から多数の寄付を集め、それが票につながる仕組みを作り上げることで、自分たちの望む政策が実現されるようレーガンに直接働きかけました。現在も福音派ロビーは、外交政策ではキリスト教弾圧をしている中国への非難・制裁を要求したり、国内政策では同性愛者の来店や取り引きの拒否を『宗教の自由』として法的に認めさせたりといった米政府への働きかけをいくつもしています」
また、現代アメリカ政治に詳しい上智大学総合グローバル学部の前嶋和弘教授は、次のように述べる。
「温暖化に関して福音派は、『地球の変化に対して人間が何かやっても無駄だ』『本当に大変になったら神が助けてくれるから、たいしたことはない』と考え、気候変動対策には否定的な人も少なくありません」
このように、聖書に忠実に振る舞おうとする福音派は、結果として富裕層や大企業の思惑と一致する部分が少なくない。例えば、信仰の証しとしての自発的な寄付を重んじ、「教会が福祉を担うべき」と考えるがゆえに、徴税を最小限にした小さな政府を望み、医療保険改革法「オバマケア」のような政策には否定的だ。
さらに、新型コロナウイルス蔓延に際してアメリカ国内の福音派は「集会の禁止」やロックダウンに激しく抵抗した。
「宗教の自由を奪うものだと思ったからです。アメリカでは、牧師は死にゆく人の手を取り、キスをして看取る役割を果たしています。それをさせないことは宗教差別である、と。もちろん、コロナ感染者にキスをすれば牧師にもうつる可能性が高いですし、集会をすればクラスター感染が起こることもあるでしょう。ですから、真っ先に熱心な信者がワクチンを打つべきなのですが、『神に与えられた身体にワケのわからないものを入れるべきではない』と考えるワクチン懐疑派も確実にいます」(前嶋氏)
1億人も信者がいれば、確率的には良識ある人間もいる一方、狂信的な人間もそれなりにいるのだろう。ただ、2021年3月16日にアトランタでアジア系女性を標的にした銃撃事件を起こしたのは福音派の白人男性だったし、過去には妊娠中絶を専門に行う病院や団体を信者が爆破する事件もあった。Qアノン(前々記事参照)の信奉者の一部にも福音派はいたが、近代科学の常識を信じない態度と世の中の常識を信じない陰謀論とは、やはり親和性があるのではないかと言いたくなる。