――今日の最大のタブーはポリティカル・コレクトネスをぶっちぎることだ。世界的に大炎上した森喜朗氏の女性蔑視発言は、それを象徴するものだった。では、一般の高齢者はあの失言をどう受け止めたのか? 実は同じ価値観を共有しているのでは――。
(絵/サイトウユウスケ)
2月3日、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長(当時)の森喜朗氏は、女性理事を40%以上登用するルールを作ることについて「女性理事を選ぶっていうのは文科省がうるさく言うんです。だけど、女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言し、女性蔑視であると国内外から批判が殺到。翌4日に開かれた謝罪会見では、「(世の中に)女性と男性しかいないんですから。もちろん両性っていうのもありますけどね」と発言し、「性認識が誤っている」とさらに批判され、同月12日、会長を辞任した。
一連の騒動に関して、英文学者で専修大学教授の河野真太郎氏はこう話す。
「彼の発言は、今の日本における一部の男性の女性差別的な視点の典型。クオータ制(議員・委員の一定割合を女性に割り当てる制度)やアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)に対する反感は、現在のミソジニー(女性嫌悪)の基礎になっていることが多い。すなわち、女性に下駄を履かせるのは不公平だという考え方です。これに対しては、そもそもは男性が下駄を履いている社会なので、男性に下駄を脱いでもらう、もしくは女性に同様に下駄を履いてもらって、条件の平等をつくり上げるものなのだとロジカルに反論できます」
ただ、森氏については一部では擁護の声も。2月5日、自民党の世耕弘成参院幹事長は「余人をもって代えがたい。IOCとの人脈、五輪に関する知見などを考えたら、森氏以外に開催を推進できる方はいるだろうか」と述べた。
「歴史学者の呉座勇一氏がツイッターで女性学者を誹謗し続けていた問題がありましたが、彼の歴史学者としての仕事をなきものにするのはどうなのかという意見がありました。確かに、研究者の業績評価の客観性を保つために学問的な仕事と人格は切り離すべきだと私も考えます。とはいえ、切り離す努力は必要だけれど、否応なく結びついてしまうものでもある。森氏も同様。仮にほかの仕事が素晴らしかったとしても、発言は踏み外しがあったのだから、免罪されるわけではありません」(河野氏)
一方、83歳の森氏について「高齢だから仕方がない」という意見もある。
「PC(ポリティカル・コレクトネス、政治的公正)は時代によって変化するので、現代の正しさを絶対的に正しいものとして押し付けるのは間違っているというのは半分正しい。しかし、それは変化するからなんでも許されるということではない。PCは人権という普遍的理念に向けて変化していくのです。ですから、高齢者だからといって、それだけで免罪されないということになります」(同)
森氏は、謝罪会見で「オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現であった」と述べたものの、クオータ制については「民意が決めること」と明言を避け、自身の差別性について追及されると「面白おかしくしたいから聞いてるんだろ?」と逆ギレ。森氏の長女もメディアの取材に対し、「ジェンダーレスの話を100%理解するのは年齢的にも難しい」とコメントした。
PCをめぐる世代間のズレはどうすれば埋まるのか? 河野氏は「新自由主義においては、高齢者に限らず、むしろ若い男性もアファーマティブアクションに対して不公平感を募らせているのではないか」と指摘した上で、次のように語る。
「個人の考え方を変えるのは難しい。だから、社会的に規制することが重要。森氏は毎日新聞の取材で妻や娘を持ち出して『叱られた』と言っていましたが、それは『自分はおじいちゃんだからしょうがない』というキャラを織り込むことで自分の男性性を免罪しようとしています。おそらく森氏の人格を変えることは無理なので、差別的な行為をしっかりと規制していくしかない。ハリウッド発祥の#MeToo運動や、日本では#KuToo運動を経て、一般の女性も生きづらさや違和感を言語化できるようになりました。五輪開閉会式の演出担当者の問題では、女性芸能人にブタを演じさせるというプランに対して部下が『気分よくないです』『理解できません』と反対した。明文化した規制だけでなく、そういうものを許さない文化をつくることで、多くの人の考えが変わる可能性があるでしょう」(同)
なお、森氏は3月26日、河村建夫元官房長官の政治資金集めのパーティで、河村氏事務所のある女性秘書について「河村さんの部屋に大変なおばあちゃんがおられる」「女性というには、あまりにもお年ですが」と発言した。問題の本質を何も理解していなかったということだろう。やはり高齢者は、なかなか旧来のモラルや常識から頭を切り替えられず、ついつい差別的な言動をしてしまうのか――。今回の森失言をはじめPC的に“アウト”な物事について、一般の高齢男女に“本音”をぶちまけてもらった。
[座談会参加者]
A…男性(60代後半)
B…男性(70代前半)
C…男性(80代前半)
D…女性(70代後半)
E…女性(80代前半)
――森氏の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という発言について、率直にどう思いましたか?
A 今の時代、言ったらダメなことだってなんとなくわかるんだけど、大問題ってことはないと思う。昔の女の人は井戸端会議でペチャクチャしゃべってたじゃない? そのイメージで言った気がする。
B 会長から引きずり下ろすほどのことかねぇ。昔だったら問題にならなかったはず。今はインターネットで騒ぐヤツが多いらしいから。ツイッターだっけ? そういうのやってないので、よく知らないけど。
A あの人はもともと失言が多いから「またか」と感じただけだし、一般企業であればとっくに引退しているような年寄りに「時代を読め」と言ってもムリムリ。もっと大目に見てあげないと。政界だけでなくスポーツ界、経済界とあちこちにパイプがあって、オリンピックをまとめられるのは森さんくらいしかいない。その功績が台無しになるほどの失言じゃないでしょ。
B 公人の発言を切り取るマスコミにも問題があるね。いろいろなとらえ方があって、完全に正しい発言なんてあり得ない。ワイドショーのコメンテーターとかタレントも、「森発言はいけない」と言ったほうが好感度が上がるから批判してるだけでしょ。本音ではピンときていない人も多いんじゃない?
C とはいえ、オリンピックの会長としての責任がある。最近知った言葉だけど、グローバルスタンダードから見て明らかにズレている。そのへんの飲み屋でするような話をしたらダメ。「組織委の女性はわきまえている」という発言も叩かれたけど、わきまえていないのは森さんのほうだよ。会長の資質がない。