――『愛していると言ってくれ』『カルテット』など、90年代から現在に至るまでTBSのラブストーリーを生み続けた敏腕ディレクターが、2020年代に放つ恋愛映画は、ちょっとした問題作だった?
(写真/永峰拓也)
自分の好きなものの固有名詞を出し合って探り合いながら、距離を詰めていく――ポップカルチャーを愛する人なら、こうした恋愛の始まりを一度は経験したことがあるだろう。そんな恋が、そら恐ろしくなるほどのディテールをもってスクリーン上に立ち現れる。それが映画『花束みたいな恋をした』だ。
脚本を手がけるのは、ドラマ『カルテット』(TBS)や『最高の離婚』(フジテレビ)など、近年だけでも多くの名作を生み出してきた坂元裕二。大学生活の終わり頃に偶然出会った麦(菅田将暉)と絹(有村架純)の5年間の恋を、膨大な固有名詞と共に描き出す。2人は決して、何か大きな事情――例えば余命だとか記憶喪失だとか――を抱えた恋人同士ではない。どんな時代にも存在する、趣味が合って意気投合して恋愛が始まった、ポップカルチャーが好きな若者カップルだ。映画の中で、大きな事件が起きるわけでもない。だけれど、見る者の心の深いところに大きすぎる波を立ててゆく。
坂元とタッグを組むのは、『愛していると言ってくれ』(95年)、『ビューティフルライフ』(00年)、そして『カルテット』(17年)と、多くの恋愛ドラマを手がけてきた名手・土井裕泰。その監督をもってして「最近では、ありそうでない映画」と語る。
「恋愛モノとなると、2人の間に作劇上の仕掛けが必要とされることが多いんですね。まず、主人公たちにどんな枷や障害を与えるかがありきというか。でも、本当にそれがないとドラマってできないんだろうか? と思っていたんです。今作は日常の生活の細部と彼らの気持ちの動きだけでドラマを描ききったと思っています」