――米国ではミュージシャンのプリンスや俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンが過剰摂取し、その死亡の原因となったオピオイド。2017年にはトランプ大統領が非常事態を宣言するなど、近年は“オピオイド危機”と呼ばれる社会問題になっている。そうした状況は対岸の火事にも思えるが……。
2016年4月、オピオイド系鎮痛剤の過剰摂取によりこの世を去ったプリンス。(写真/Kevin Winter/Getty Images)
2019年の米国で、薬物の過剰摂取で亡くなった人は約7万2000人。そこで乱用された薬物の多くはオピオイドとされている。
オピオイドとは、ケシの実(アヘン)から生成される麻薬性鎮痛薬やその関連の合成鎮痛薬の総称。日本ではモルヒネがよく知られているが、米国ではパーデュー・ファーマ社の鎮痛薬・オキシコンチンを入口に、依存症者が急増した。その状況は「オピオイド危機」と呼ばれ、00年代に入った頃から徐々に社会問題化。17年にはトランプ大統領も公衆衛生上の法に基づく国家非常事態宣言を行った。
一方の日本では、オピオイドの乱用や依存症の問題はほとんど出ていないが、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬において、依存症の被害が深刻化している。
日米の社会を蝕むこれらの薬物は、いずれも医師の診断をもとに処方される処方薬。そして両国の問題の背景には、類似した社会状況も見て取れる。本稿ではそうした日米の処方薬依存の現状を、有識者の声をもとに紐解いていく。
まずは米国のオピオイド危機について。米国は各州での合法化を巡り議論が続く大麻(マリファナ)をはじめ、ドラッグと日常との距離が日本以上に近い国だが、近年のオピオイド危機ではなぜ問題が大きくなったのか。
今年に日本で発売された書籍『DOPESICK~アメリカを蝕むオピオイド危機~』(ベス・メイシー著/光文社)の訳者で、自身もジャーナリストとしてオピオイド問題を追いかけてきた本誌連載陣のひとり、神保哲生氏に話を聞いた。
「米国に依存性のある薬物が蔓延し、依存症者が大量に出た時期は過去にもありました。南北戦争時に流行したのも、オピオイドの一種であるモルヒネです。そして近年のオピオイド危機については、鎮痛薬として処方されたオキシコンチンが入口となり、より濃度が高く、依存性の高いオピオイドが流行したため、被害が甚大になった点が特徴といえます」(神保氏)