――これまでは自伝的作品や、ともすると告白本テイストのものが多かったAV女優の小説。だが徐々に、本格派の小説も珍しくなくなってきている。そこで今、作家としての地位を確立させつつある紗倉まなの成功例から、AV女優小説の文学的価値を紐解いてみよう。
多忙ながらも執筆を続け、評価が上がり続けている紗倉まな。なお、弊社からは、スタイルブックを出版させていただいています!
AV女優による小説。その金字塔といえばやはり、飯島愛の『プラトニック・セックス』【1】だろう。レイプ、虐待、シンナー、援助交際、整形、中絶などの苛烈な実体験やAV出演について赤裸々に描き、当時すでに人気タレントとして一般メディアにも出演していた彼女のセンセーショナルな告白本は、170万部を超えるベストセラーとなった。ほかにもトップ女優としてはみひろが『nude』【2】で、AVデビューによるさまざまな葛藤を小説にし、マンガ化・映画化もされたことなどを見てもわかる通り、近年ではAV女優が小説を書くケースも珍しくなくなっている。
ただし、AV女優が作家としてデビューしても、その活動は長く続かないことがほとんど。もちろん、官能小説だけでなく『実話奇譚』【3】シリーズなど、怪談作家としても活躍する川奈まり子や、引退後に自伝小説『すべては「裸になる」から始まって』【4】を発売し、その後もエッセイや小説を発表し続けている森下くるみなど、テーマを変えて書き続けている元女優もいる。
しかし、大半の(元)AV女優の作品は“自伝”や“私小説”の1冊で終わってしまう。そこで語られるのは、カメラには映らないAV撮影の内幕や、これまでの半生の苦しみや特異な職業に対する世間との葛藤。演者として活動していた女優の知られざる側面が垣間見えるという点で需要は大きいものの、自らを主語にして小説のすべてを実体験に依存する手法は、そう何度も使えるものではない。
というより、最初から彼女たちの知名度を利用しただけのものもありそうだ。そうした作品は暴露本や告白本とカテゴライズされることも多く、作品性というよりは話題性重視。文学として評価されることは少なかった。
それでも、大手出版社で文芸作品を手がける編集者A氏は、AV女優の作品には近年新たな需要が見いだされていると話す。
「昔に比べてAV女優が一般的な人気を得てきていますし、実際のAVの制作現場を描いたら、特に男性は興味があると思います。あと業界に女性監督が増えたり、女性のファンも増えてますよね。AV女優という性にまつわる現場で働く女性が、どんな考え持っているのかという点で、同性にも興味を持たれていると思います。戸田真琴さんがフェミニズムについて書かれているのも話題ですし、そうしたテーマを設けた小説であれば、彼女たちにしか書けないものがあるのかもしれません」
実際にマンガ『アラサーちゃん』【5】で有名になった峰なゆかのように、小説以外の書籍で注目される元AV女優も出てきている。
そんな中で、AVの制作現場という男性性が強いホモソーシャルな世界の中で生き、あらゆる場面で女性として消費されてきたAV女優の言葉が今、力を帯びてきているのだ。だが、その発信方法が小説となると、書き手にはかなりの技術と表現力が必要となる。
「基本的に物語を書けるか否かは、どれだけたくさんの本を読み込んでいるかが重要だと思います。どんな小説家も、フィクションに自分の体験が入ってくるとは思いますが、それをどういう枠組みで描き、物語を展開させていくか――創造力に必要なのは読書量なんですよね。たとえば又吉直樹さんも『火花』(文藝春秋)ではお笑い芸人としての実体験が強めだったと思うんですが、そのあとにしっかりお笑い以外をテーマにして2作品書いています。本好きを公言し常に小説を読み続けている又吉さんだからこそ、彼の目から見た世界を飛躍させて物語として発展させられるわけです」(同)
AVを引退し、3月に自伝『単体女優――AVに捧げた16年』【6】を出した吉沢明歩も小説の難しさに直面したことをウェブのインタビューなどで語っている。彼女は小説の執筆をひとつの目標としており、作家の新堂冬樹からプロデュースを受けているというが、実は執筆に着手したのは7年ほど前のことだとか。しかし、途中で筆が止まってしまい、今回は小説ではなく自伝を発売するに至ったという。
今や中国でもっとも人気のある日本人と言っても過言ではない蒼井そらも、これまで半生を書いた『ぶっちゃけ蒼井そら』【7】やエッセイ集『そら模様』(講談社)などを出版してきた。いよいよ小説に着手か? とも思われたが、今年6月に出したフィクション作品『夜が明けたら 蒼井そら』【8】は、蒼井そらをモデルに作家の藤原亜姫が執筆している。