――コロンビアのパブロ・エスコバル、メキシコのエル・チャポ……。麻薬王には凶悪でド派手な男といったイメージがあるが、それをポール・ルルーという人物は覆したかもしれない。彼はインターネットを駆使し、麻薬密売をはじめ闇ビジネスをグローバルに展開した。新しき麻薬王の実像に、国際ジャーナリストの山田敏弘氏が迫る。
「タイム」の元記者で女性ジャーナリストのエレイン・シャノンが著した書籍『Hunting LeRoux』(William Morrow)。マイケル・マン監督によって映画化される。
2012年9月26日、世界を股にかけた大物麻薬王が西アフリカのリベリアにて逮捕された。
この麻薬王は、ビジネスを拡大すべくコロンビアの麻薬カルテルの代理人と交渉する予定で、恋人のフィリピン人女性と共にリベリアに滞在していた。
だが交渉は、米麻薬取締局(DEA)によって周到に仕組まれた“おとり捜査”だった。交渉後、DEAの捜査員らは滞在先だったホテルのスイートルームになだれ込み、デスクに座ってノートパソコンに向かう麻薬王を拘束。“最重要証拠”であるパソコンをただちに押収し、そのままプライベートジェットで米国に連行した。
逮捕の事実は、麻薬ルートを解明し、組織を壊滅させるために極秘扱いにされた。だが、19年になるとメディアや書籍などで詳細が相次いで報じられ、それまでほとんど知られていなかった謎の麻薬王の存在が白日の下にさらされた。世界を舞台に大金を生み出すスキームを構築していたこの麻薬王の名は、ポール・ルルーという。
ルルー(47歳)による犯罪の実態が明らかになるにつれて、彼はこれまでの麻薬王のイメージを覆す稀代の“頭脳派”と呼ばれるようになった。天才的なプログラマーであったルルーは、シリコンバレーの起業家並みに時代を先読みし、独自の暗号化システムを施したノートパソコンで組織を遠隔コントロールしながら、麻薬密売を超えた闇ビジネスをグローバルに展開した。史上初めてサイバー空間で暗躍した麻薬王のルルーが南アフリカ出身であることを引き合いに出して、“闇社会のイーロン・マスク(南ア出身の名物起業家)【註1】”と言う者もいるくらいだ。
ただ、日本では、そんなルルーについてほとんど知られていない。フィリピンの首都マニラを拠点に、彼が香港や北朝鮮、そして日本にも闇ビジネスを広げていたにもかかわらず、だ。そこで、従来の麻薬王とは一線を画する“21世紀の大物犯罪者”であるルルーの実像に迫ってみたい。