――“演歌界のプリンス”と呼ばれてきた歌手の氷川きよし。このところ、“変身”が見られるとして話題となっている。また、週刊誌で“生きづらさ”を語ることもあった。しかし、これらがいわゆる“カミングアウト”に当たるとは言いづらい。一体、何が起きているのか――。フワッとした報道ばかりの状況下、本誌は徹底的に論じる!
森山至貴(社会学者・作曲家)
もりやま・のりたか
1982年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科助教を経て、現在は早稲田大学文学学術院准教授。社会学、クィア・スタディーズを専門とする。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』(勁草書房)、『LGBTを読みとく――クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書)がある。作曲家としても活動している。
『NHK紅白歌合戦』で「紅白限界突破スペシャルメドレー」を披露した氷川きよし。
私たちには氷川さんが自身の性のあり方をどう認識しているのかはわからないので、現在のパフォーマンスからそれを邪推しても仕方がありません。とはいえ、今の状況がご本人の性のあり方とまったく関係がないわけではないでしょうから、ご本人が望むパフォーマンスができて幸せに生きられているのなら、よいことであると率直に思います。おそらく10~15年前だったら、氷川さんと同じ立場の人が同様のことをできたかというと、できなかったでしょう。そういう意味では歓迎すべきことです。
ただ、それをどうとらえるかに関しては注意が必要です。クィア・スタディーズは“往って来い”の学問です。どんな性のあり方が存在するか整理して、例えばゲイとトランスジェンダーは違うということをしっかり理解して(=往って)から、しかしそういった枠組みですべての性のあり方が理解できるわけではないと戻ってきて(=来い)、性の多様性をとらえていくもの。
氷川さんがどんな性のあり方でも、本人がハッピーならいいじゃないか――。それはそうですが、“往って来い”がない状態のフワッとした肯定は、単なる浅い受容となってしまいます。