――野球部、サッカー部、バスケ部……部活動を舞台にしたマンガは数多い。一方、近年は生徒や教師を肉体的・精神的に追い詰める「ブラック部活動」が社会問題となっている。では、マンガの中で描かれる部活動にも「ブラック」なものはあるのか――。往年の名作から近作まで、つぶさに見ていこう。
ちばあきお『キャプテン』(集英社文庫)1巻より。中学生が夜中に特訓する本作は、ブラック部活動マンガの代表格だろう。
生徒に対する暴言や体罰、あるいは教員のサービス残業など、生徒も教員も苦しんでいる「ブラック部活動」。部活のあり方について研究し、『そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義』(大月書店)などの著書もある早稲田大学スポーツ科学学術院の中澤篤史准教授によれば、ブラック部活動が大きく問題化したのは2013年のことだという。大阪市立桜宮高校バスケットボール部の顧問が極めて激しい体罰・暴力を継続的に行ったことが原因で、12年に生徒が自殺し、翌年に明るみに出た。一方で、公立中学校教員の「真由子(仮名)」が部活動顧問の大変さを訴えるブログ「公立中学校 部活動の顧問制度は絶対に違法だ!!」を立ち上げ、教師が「ブラック部活動」を叫び始めたのも同じ年だった。
こうしたブラック部活動にはマンガの影響も少なからずあるのではないか、あるいは現実のブラック部活動に影響されて描かれたマンガがあるのではないか――。そうした仮説の下で取材を進めたが、結論から先に言うと、「最近のマンガにブラック部活動はほとんどない」という。「今、連載中の部活動を舞台にしたマンガで、明らかにブラックなものは思いつかない。むしろホワイトな作品が増えています」と語るのは、マンガ解説者の南信長氏だ。
「一般的にスポーツマンガでブラックな要素は“壁”となり、それを乗り越えることで主人公の肉体的・精神的な強さや成長、チームメイトとの友情が描けますが、単に厳しいだけではリアリティがない」(南氏)
野球マンガ評論家で野球の現場取材も行っているツクイヨシヒサ氏も、実際の部活動の現場とマンガを比較して、こう語る。
「実は、今も現場では土壇場でのメンタルを鍛えるために理不尽な練習を行うことはあります。しかし、マンガの中で力尽きるまで無理やり特訓させては、逆に説得力がない。マンガのほうが現実よりスマートになりましたね」(ツクイ氏)
サッカーに詳しいライターの古林恭氏も同様の意見だ。
「今のサッカーマンガは、いかにリアルに描くか。小学生でもYouTubeでヨーロッパの試合を見られる時代ですから、雑なことを描いたら『この作者はサッカーを知らない』と炎上します。トンデモ系としてはアリかもしれないですが、それも近年はウケない。入念に取材して描いてる作品が多い」(古林氏)
ホワイトな作品が増えるきっかけとされているのが、高校野球部を描いた『おおきく振りかぶって』(講談社/03年~)。「野球マンガに新風を吹き込んだ」と評価され、06年に手塚治虫文化賞「新生賞」を受賞した。作中でのトレーニングは科学的な根拠に基づいており、休養や栄養学の勉強、メンタルトレーニングも合わせて行っている。
……ということを前提としてブラック部活動マンガを挙げるとすると、やはりどうしても往年の名作となってしまう。まず真っ先に名前が出たのが野球マンガ『キャプテン』【1】だ。平凡な中学生が夜中に特訓したり、生徒たちだけで合宿したりして、成長していくさまを描く。
「作中、練習しすぎではないかと保護者らの間で問題になるシーンがあります。結局、疲れてフラフラになった生徒の頭にバットが当たるという事故があり、大会を辞退することに。作者も環境が過酷だということを自覚した上で描いていたのでしょう。ケガをしていても試合に出場しますし。ただ、この作品は普遍性があり、今の子どもにも人気がある。監督不在で、子どもたちだけでブラックっぽい修行や合宿をしている様子が面白いようです」(ツクイ氏)
「初代キャプテンである谷口の高校時代を描いたスピンオフ作品『プレイボール』(1973~78年)では、野球をまったく知らない顧問が登場し、学生の本分は勉強であると、野球部部員を集めて勉強会を行います。この先生は遠方に住んでおり、片道2時間かけて通勤しているのに、夜遅くまで勉強会に付き合っている。それが“生徒のため”として描かれています。84年に作者のちばあきおさんが亡くなられ、現在は原案を引き継いだ続編『キャプテン2』(19年~)が連載中ですが、谷口が休むことの大切さを説くように変わってきています」(中澤氏)