――近年『新感染』『神と共に』など、国内でもメガヒット作を連発している韓国映画。そして、『冬のソナタ』ブームから15年近く経った現在も根強いファンをつけている韓流ドラマ。傑作揃いの韓国エンタメ作品群から、韓流の目利き達が独特の視点で映画・ドラマの深奥を語る。
■菊地成孔(ジャズメン)
1963年生まれ。音楽家・文筆家。85年にプロ・デビューし、ジャズを基本に音楽活動を展開。スパンク・ハッピー、DC/PRG、菊地成孔ダブ・セプテットといったグループを設立。著書に『スペインの宇宙食』(小学館文庫)、『ユングのサウンドトラック』(河出文庫)などがある。
今の韓国カルチャーは凪の状態だと思うんです。世の中的には、BTS(防弾少年団)が米ビルボードで1位に輝き、TWICEも世界的に売れた。映画では『新感染』レベルの作品を量産できている。ハイクオリティが維持されるのは素晴らしいけれど、ワタシにとっては頂上を目指してあがいていた2011~16年頃がもっとも刺激的でした。いろんな要素が渦巻くカオスでしたから。その時期に出会った規格外の映画とドラマについて話しましょう。
なかでも衝撃を受けたのが、統合失調症の幻視を扱ったドラマ『大丈夫、愛だ』【1】。体裁としてはシェアハウスで繰り広げられるラブコメですが、主人公のチョ・インソンはイケメンのホラー小説家で、ヒロインのコン・ヒョジンは精神分析医。後者は前者の人格に違和感を覚えている一方、ヒロイン自身も実はセックス恐怖症。そんな2人に加えて、離婚で妻ロスに陥った名精神科医ソン・ドンイルと、彼の患者である重度チック症のイ・グァンスが共同生活しています。
キーになるのが、小説家志望の美少年を演じるEX・のD.・。妖精のような彼は主人公と仲良くなるのですが、物語中盤で突然消える場面がある。このとき、まるでヒッチコック映画のように、なんの説明もない。これが何をか言わんや――。個人的には韓国ドラマ史上、もっとも衝撃的なシーンだと思います。