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萱野稔人と巡る超・人間学【第1回】

萱野稔人と巡る【超・人間学】――「化石人類から見える人間の根源」(前編)

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萱野 哲学とは一言でいえば「……とは何か」という問いに答える学問です。その学問の見地からみると、更科先生の提起する「人間とは何か」という定義があまりに明快で感動します。

更科 一般的に生物の分類というものは、系統で定義しているものがほとんどなんです。共通祖先から分岐した系統全体をひとつのグループとしてとらえるので、形態の上での定義ができないんですね。例えば、鳥をどう定義するかというと、「翼があって嘴が……」といった形からの定義はできません。実際にどう定義されているかというと、「ジュラ紀の始祖鳥より現生鳥類に近いものすべて」という系統分類になっているんですね。人類のように形態で明確に定義できる生物は、ほかにはいないのではないでしょうか。

萱野 人類は形態で定義ができる生物としても定義できるということですね。

更科 そうですね。例えば、類人猿も「尻尾がないサル」と定義することができますが、動物の中で尻尾がないのは人類と類人猿の2種があり、類人猿の中にはテナガザル、ゴリラ、チンパンジー、ボノボ、オランウータンといった複数の生物がいます。それに対して、「直立二足歩行をする」だけで人類は定義できますから。

萱野 なぜ人類では直立二足歩行が進化したのでしょうか?

更科 かつては、森林で樹上生活をしていたサルが木を降りて草原で生きるようになったことを原因とする説が主流でしたが、これは現在では否定されています。草原で二足歩行をすることが有利であれば、他の生物も同じような進化をしてもいいはずですが、まったくいない。ヒヒやパタスモンキーのように草原で生きるサルの仲間もいますが、もちろんいずれも四足歩行です。ちょっと視点を変えて「なぜ直立二足歩行は他の生物で進化をしなかったのか」と考えてみれば、それは直立二足歩行は進化に不利な大きな欠点があったからなんですね。人類はたまたまそれを上回るメリットを獲得することができたので、唯一、直立二足歩行を進化させることができた。

萱野 直立二足歩行は、どんな点で不利だったんですか?

更科 「走るのが遅い」ということです。今のところ人類でもっとも走るのが速いのはウサイン・ボルトですが、そのボルトでも四本足で走るカバと競争したら負けます。基本的に、四足歩行する動物は人類より速い。ヒトは猫にも負けます。ネズミだったらいい勝負かな。ちょっと余談ですが、私は四足歩行で走るのが結構速くて、小学校のときなんかは違う学校の子と競争して、いつも勝っていたんですよ。大学生になってからも飲み会の余興で普通に走る女性と四足歩行の私で競争したり。毎回勝ちましたね。

萱野 変わったことをしていたんですね(笑)。確かに人間は四足歩行の動物に、走る速さではかなわない。肉食動物に見つかったら、逃げられなくて食べられてしまう。だからこそ、他の生物では直立二足歩行は進化しなかった、と。

更科 私はそう考えています。ですから、肉食動物から逃げやすいように、人類と類人猿の共通祖先は森林に住んでいました。

萱野 そこからどのように人類は直立二足歩行を進化させたのでしょうか?

更科 基本的に森林は、動物にとってすごく住みやすい場所なんですよ。まず肉食動物が少ないし、遭遇したとしても木の上に逃げればいい。樹上は安全なねぐらにもなります。果実や葉っぱといった食べ物も豊富です。草原はその逆で、肉食動物は多いし、見つかってしまうと逃げ場もありません。安全なねぐらもないし、食べ物も少ない。この森林と草原の中間が、木がまばらに生えている疎林です。人類の進化は、この疎林で起こったと考えられています。

萱野 そもそもなぜ人類の祖先は、住みやすい森林から疎林へ移動をしたんですか?

更科 まず、森林の縮小という環境の変化があったのでしょう。そこで、恐らく力が弱かったものや木登りが下手だったものが森林から追い出されてしまい、疎林で生きざるを得ないようになったんです。その後、森林に残ったものはチンパンジーやゴリラに進化し、疎林に追いやられたものが人類へと進化していったと考えられます。

萱野 森林から追い出された“弱い種”が人類になっていったというのは面白いですね。ただ、疎林で生きるようになった人類の祖先は、そのまま走るのが速い四足歩行を進化させるわけにはいかなかったんでしょうか?

更科 それは人類のもうひとつの特徴である「犬歯の縮小」とも関連しています。直立二足歩行だけを考えると、走るのが遅くなるだけで、メリットは何もありません。ここで改めて森林と疎林の違いを見てみると、木が少ないから当然、樹上の食べ物が少ないということが大きなポイントになります。

萱野 つまり、疎林では食物を得るために地面に降りていかざるを得なくなった。

更科 そういうことです。化石の化学分析から食べていたものがある程度わかるのですが、中期の化石人類は、地面に自生しているものや落ちていたものを結構食べているんです。スゲのような草や硬い木の実なんかですね。基本的に硬くて栄養価が低い。森林から追い出されて、そんなものも食べるしかなくなったんですね。そして、量も少ないから広範囲にわたって食べ物を探す必要があり、その際に疎林だと樹上を移動することもできないので地面に降りて移動するしかなかったんです。ただ、それでも自分の食べ物を確保するだけなら、四足歩行のほうが便利です。

萱野 やはり走るのが速いほうが逃げるのにも有利ということですね。

更科 そうです。しかし、人類はそうやって肉食動物から逃げることよりも、自分の子を多く残すことができる行動を取るようになりました。それが「食べ物を自分の子に運ぶ」ということです。

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