サイゾーpremium  > 連載  > 大石始の「マツリ・フューチャリズム」  > 大石始のマツリ・フューチャリズム【34】/【エイプリルフール】という祭り
連載
大石始のマツリ・フューチャリズム【34】

逸脱が許されなくなっていく社会の中で、エイプリルフールという祭りが持つ意義

+お気に入りに追加

――21世紀型盆踊り・マツリの現在をあらゆる角度から紐解く!

1904_MF_04_PH_230.jpg
神奈川県大和市に実在する左馬神社。もしかしたら、その名称にあやかって、サバを最大限に生かした奇祭が生まれるかもしれない!?(写真/大石慶子)

 間もなく4月1日のエイプリルフールがやってくる。毎年この日だけは世界中でありとあらゆる嘘が生み出され、いわばロクでもない嘘であっても許される無礼講の日であり、「嘘をついてはいけない」という一種のルールから逸脱することが許される日でもある。その意味でエイプリルフールとは、世界規模の祭り(騒ぎ)であるとも言えるのではないだろうか。日本ではこの4月1日が新元号発表の歴史的タイミングのため(施行は5月1日)エイプリルフールどころではないかもしれないが、今回は「“祭り”としてのエイプリルフール」について考えてみたい。

 多くの祭りがそうであるように、エイプリルフールの起源もまたはっきりとしない。16世紀のフランスで始まったという説もあれば、インドの揶揄節やイギリスのオークアップルデイ(王政復古の記念日)から始まったとする説もあって、諸説入り乱れている。そうした出どころのはっきりしない行事がいつの間にか習慣化し、伝統的風習として広く認知されるようになったわけで、その点も多くの祭り・伝統行事に通じる。

 しかし近年、そうしたエイプリルフールのあり方も少しずつ変わりつつある。もっとも大きいのは、フェイクニュースという「嘘」が氾濫し、世界的にエイプリルフールという他愛もない風習を楽しむ余裕がなくなっているということだ。引っかかった者をクスッとさせるような可愛らしい嘘ならともかく、現代では嘘や噂がネット上でシェアされ続ける中で、いつの間にか真実とすり替わり、時には捏造された真実が世論を動かしてしまうことさえある。フェイクニュースという嘘は、いわば誰もが手にし、簡単に使うことができる武器にもなる。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2025年5月号

新・ニッポンの論点

新・ニッポンの論点

NEWS SOURCE

インタビュー

連載

    • 【マルサの女】名取くるみ
    • 【笹 公人×江森康之】念力事報
    • 【ドクター苫米地】僕たちは洗脳されてるんですか?
    • 【丸屋九兵衛】バンギン・ホモ・サピエンス
    • 【井川意高】天上夜想曲
    • 【神保哲生×宮台真司】マル激 TALK ON DEMAND
    • 【萱野稔人】超・人間学
    • 【韮原祐介】匠たちの育成哲学
    • 【辛酸なめ子】佳子様偏愛採取録
    • 【AmamiyaMaako】スタジオはいります
    • 【Lee Seou】八面玲瓏として輝く物言う花
    • 【町山智浩】映画でわかるアメリカがわかる
    • 【雪村花鈴&山田かな】CYZOデジタル写真集シリーズ
    • 【花くまゆうさく】カストリ漫報
サイゾーパブリシティ