――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界最大の人口14億人を抱える中国では、国家と個人のデータが結びつき、歴史に類を見ないデジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。
ラッキンコーヒー(瑞幸珈琲)
2018年に中国で登場した、スマホアプリによるオンデマンド配達に注力するコーヒーチェーン。上海や北京、深センなどのビジネス地区に、極小のスペースで大量出店を重ねており、1年間で1000店舗を上回った。あおり気味の経営スタイルで、スターバックスを相手取って訴訟問題に発展しつつある。13億人の人口を抱える中国では、いまコーヒー需要が加熱しており、これから巨大市場を奪い合う「戦い」が本格化しそうだ。
「僕に話を聞きたいって? そんな時間、ないんですよ!」
アイスコーヒーの入った紙袋を手渡してくれた配達員は、めんどくさそうに返事をすると、足早に電動バイクに乗って消えていった。紙袋には、青い鹿のマークに、「Luckin Coffee (ラッキンコーヒー)」とプリントされている。値段は、コーヒーとスコーンで14元(約224円)だ。
いま中国のテクノロジー業界で、このラッキンコーヒー(瑞幸珈琲)の名を知らない者はいない。
ラッキンコーヒーは彗星のごとく登場した謎のコーヒーチェーンだ。2018年1月に1号店を立ち上げると、異常なスピードで店舗を増殖させていき、8月にはなんと630店にまで店舗数を拡大し、18年末までに1000店舗を超えたといわれる。そこで付いたあだ名が「クレイジー・ラッキン」だ。その拡大戦略はもはや飲食業ではなく、インターネット企業そのものだ。
世界を驚かせたのは、わずか半年足らずで国内第2位のコーヒーチェーンに育ったからだけではない。中国に約3400店舗を構える王者スターバックスを、「劣勢」に追い込んでいるからだ。
このラッキンコーヒーは、女性の連続起業家である钱治亚(チェン・ジーヤ) が立ち上げたばかりのベンチャー企業だ。チェンはもともと、「神州」というオンラインのレンタカー企業で働き、そのCOOにまで上り詰めた人物。そして会社からスピンアウトした配車サービス「UCAR」の共同創業者としても、その腕を振るってきた。スタートアップで猛烈に働く中、あまりにも残業が多くて、コーヒーを飲みまくる生活を続けていたのだという。それが新たな起業へのきっかけになった。
さらに「スターバックスのコーヒーの価格はお手頃ではない。それなのに、最高のコーヒーともいえない。私たちは最高のマシンとテクノロジーで、その頂を目指します」と言い放ったのだ。
チェンCEOは昨年始めに1号店をオープン。そこから猛烈なスピードで、この新しいコーヒーチェーンを展開していった。あまりの展開スピードに、平均すると15時間に1店舗を開いていると騒がれたほどだ。その目標は「スターバックスを倒すこと」。「今後、中国のコーヒー市場は10倍以上と爆発的に大きくなり、その波に乗ってラッキンコーヒーは中国最大のコーヒーチェーンになる」と明言している。