――アルカイダやイスラム国(IS)のテロなどにより、少しずつ中東世界の倫理が認知されてきているが、まだまだどんな文化圏があるのかはわかっていない。ここではともすれば、凶悪なテロ組織として扱われてきた中東世界を扱ったマンガをご紹介。ゴルゴ13や勇午などをはじめ、緻密な取材で紡がれた良作やトンデモな描写まで、多角的に検証する。
世界中の多くの地域でマンガが愛されている今、外国人もまた中東をマンガに描いている。
2018年10月、およそ3年にわたって内戦下のシリアで武装勢力に拘束されていた安田純平さんの解放を受け、日本国内でも中東情勢に対して注目が集まっている。アルカイダ、ISなどのテロ組織が跋扈し、紛争の絶えない地域としてのイメージがいまだに根強く、中東の多くの地域で外務省は渡航中止勧告や注意を促している。しかし、オイルマネーを背景として、日本にいるだけでは想像もできないほどの近未来都市の姿や、戒律を守る敬虔なイスラム教徒の生活など、中東に対するイメージは切り取り方によってさまざまであることは言うまでもない。では、そんな中東諸国を、日本のマンガはどのように描いてきたのだろうか? 本稿では、マンガ史を遡りながら、マンガにおける中東の描かれ方を考察するとともに、近年生まれつつある新たな潮流を分析していこう。
50年代から、日本へのエネルギー供給源として重要な位置を占めていた中東地域。しかし、マンガ表現においては、ビジネスではなく、「戦争」のイメージが色濃く反映されている。手塚治虫は『アドルフに告ぐ』【1】において、48年~49年にかけて行われた「パレスチナ戦争」を描き、『きりひと讃歌』(小学館)では中東の難民キャンプを描いている。また、石ノ森章太郎も、『サイボーグ009』(秋田書店)で中東戦争を舞台にするなど、かねてから中東は、戦争や政治の舞台として描かれてきた。京都精華大学マンガ学部の吉村和真教授は、「中東と戦争」を描いたマンガの代表例として、新谷かおるによる傭兵の活躍を描く作品『エリア88』【2】を挙げる。この作品が連載されていた70年代終わり~80年代にかけて、中東地域では「イラン・イラク戦争」が激化していた。