――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。
「朝ドラ史上最高傑作」として名高いNHK連続テレビ小説『カーネーション』(2011~12)が、この4月から再放送され話題となった。大正時代、岸和田の呉服屋に生まれた小原糸子(尾野真千子/晩年は夏木マリ)が17歳で服飾の道を志し、21歳で洋装店を起業、92歳で没するまで生涯現役のファッションデザイナーとして働き詰めだった人生を描く。糸子のモデルは小篠綾子。日本を代表するファッションデザイナー、コシノヒロコ・ジュンコ・ミチコ三姉妹の母親である。
『カーネーション』の内容を一言で言うなら、野心あふれるイノベーターのワーカホリック働き女子が、男に頼ることなくビジネス上の栄誉を獲得するサクセスストーリーだが、ドラマが世に出るのは少々早すぎた感がある。糸子が人生で挑むのは「女性の起業」「自尊心と自己肯定感の確保」「良妻賢母像の否定」「シンママ育児と仕事の両立」「不倫」「同調圧力への反発」「女子の承認欲求」「長女が割りを食う問題」「母娘対立」「老いと衰えの受容」など。その徹底したフェミニズム論点全部乗せ仕様は、むしろ2018年ぽい。
そんな糸子の生涯でとりわけ興味深いのは、超実力派の女起業家たる彼女の結婚相手が、モブキャラの如くどうでもいい男だという点に尽きる。糸子の人生における夫の役割は塵にも等しく、糸子の価値観や仕事にこれっぽっちも影響を与えない。完全に雑魚キャラとして描かれているのだ。
しかも、プロポーズをしたのは夫のほうだが、糸子は同業者である夫が自分の仕事人生を邪魔しないという理由でパートナーになることを「許可」したにすぎず、結婚になんのロマンチックな期待も意味も見いださない。プロジェクトとしてのドライな婚姻契約だ。糸子、すげえ。
やがて夫は出征するが、出征後に彼の安い浮気が発覚。糸子に問いただす機会が与えられることなく、(雑魚キャラらしく)あっさり戦死。以降、糸子は、生涯を通じて夫に何の思い入れも見せないまま最終回まで突っ切る。実に清々しい。
経済的にも精神的にも男に頼らない、自立女子の完全体。ある種の最終形態たる究極のフェミニズム。2018年現在、この志向に外野が反対する理由はない。実際、糸子はそうすることで栄誉を得た。気高く生きた女の充実人生バンザイだ。
しかし、現代日本に生きる独身30代働き女子が糸子を両手放しでロールモデルにできるかというと、そうは問屋がおろさない。糸子は「子ども」という、人生のある一定期間にしかゲットできない限定カードを3枚もキープしているからだ。実は『カーネーション』において糸子が獲得した人生の充足は、どこまで行っても「子どもがいる」ことでしか得られないものとして描かれている。