――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。
「“女性向け”の冠がついたすべての作品は、女性をバカにしたものである」と声を荒らげたのが、筆者大学時代の意気軒昂な同級生女子だったか、フェミニスト論壇の誰それだったかは忘れてしまったが、『オーシャンズ8』を観て、言葉だけは思い出した。同作は日本でメガヒットしているわけでも、批評的に深掘りする何かがあるわけでもない。しかし男性諸氏がオトメゴコロを推し量る思考のスイッチを入れるには、うってつけだ。
物語は『オーシャンズ11』『同12』『同13』の主人公、ダニー・オーシャンの妹デビー・オーシャン(サンドラ・ブロック)の出所から始まる。彼女は刑務所内で周到に計画した宝石強奪計画を遂行すべく、右腕のルー(ケイト・ブランシェット)をはじめとした犯罪のプロ(全員女性)をメンバーに引き入れ、着々と計画を進めていく。
……というプロットを読んで想像する通りの話である。メンバーはそれぞれの特殊技能を生かし、連携プレイで厳重な警備をくぐり抜け、壮大な大騙しをカマす。女たちは皆凛々しく、手際はスマートでクール。それは9割5分がた観客の想像の範囲を超えない。吉野家の牛丼並みに期待以上でも以下でもない、ピッタリ期待通りの満足度を提供する、能天気な娯楽映画だ。
では何が考察に値するのかといえば、本作に登場する女性たちが誰ひとり女子をこじらせてもいないし、ジェンダーを声高に叫んだりもしないし、家庭と仕事の配分で悩んでもいないという点に尽きる。一言でいえば、“面倒くさい”女が出てこないのだ。
実は“面倒くさくない”女性キャラが主役を張るエンタメ映画は、意外と少ない。“面倒くさくない”男性キャラが主役の映画が、脳味噌筋肉アクションをはじめ量産されているのと対照的だ。
宣伝でことさら「女性主人公」を強調するような映画は、その多くが女性客を当て込んで作られているが、概ね6つの類型的なジャンルに分類される。【1】ラブストーリー 【2】働き女子の生き方見つめ直し系 【3】女子同士の友情もの 【4】女性差別糾弾系・社会派 【5】女だてらに過酷な運命を切り開く物語 【6】セクシャルマイノリティ苦悩もの。感情曲線は「情に翻弄される」「自意識が肥大する」「業を背負う」「ジェンダーに悩む」のほぼ四択で、基本的に肩に力が入っている。要は、人物描写的にも、観る側の気分的にも、“面倒くさい”のだ。