――低所得者の居住地域を再開発や新産業の誘致で“高級化”することを、ジェントリフィケーションと呼ぶ。それは、その地域が抱えるタブーや問題をある種“浄化”する一方、家賃の高騰を引き起こして旧住民をしばしば追い出してしまう。となると、誰にとっても望ましい地域の再生なんて、あり得ないのか――。
ブルックリンのブッシュウィックにある、古い建物をリノベーションした意識高い系のオーガニック・ショップ。こうしたブルックリンの一面はオシャレな記号と化し、最近では日本においても「ブルックリン風カフェ」「ブルックリン風インテリア」といった形で消費されているが……。(写真/Newscom/アフロ)
ジェントリフィケーション(Gentrification)という言葉がある。これを直訳すると、“高級化”である。大都市衰退地区の再生などについて研究する大阪市立大学大学院教授の藤塚吉浩氏によれば、学術的にこの言葉が使われるようになったのは、1964年、イギリスの社会学者ルース・グラスによる報告が最初だという。
その報告では、ロンドンの労働者階級の居住区において中間階級が流入し、粗末な家が高価な住宅に再生され、住宅の価値が暴騰。もともと住んでいた労働者たちは立ち退きを余儀なくされ、地区全体の社会的性格が変容したという。
このようなグラスの報告以後、再生などの理由である地区の家賃や地価が上がり、豊かな層がやってくることにより、それまでの住民が転居、あるいは家を失い、地域コミュニティが崩壊し、愛着ある景観も壊されてしまうことは、ジェントリフィケーションと呼ばれた。しかしながら、藤塚氏は自著『ジェントリフィケーション』(古今書院)で、その語義について「研究の視角や現象に接する人々により様々な文脈で把握されており、明確に定義することは困難」と記述している。
そうした中でジェントリフィケーションのわかりやすい例として挙げられてきたのが、米ニューヨークのソーホー地区である。もともと繊維・衣服工場や倉庫などがあった同地区だが、50年代には空き家が目立つようになった。そこに目をつけたのがお金のない芸術家たちで、賃料が安い上に天井が高い建物が多いことから、70年代にアトリエとして利用するように。ところが、80年代からはそうしたカルチャーに憧れた富裕層が住むようになり、家賃が高騰。芸術家たちはより安い賃料の地区に転居し、ソーホーは今では高級なブティックやレストランが立ち並ぶ観光エリアとなったのだ。
ほかにジェントリフィケーションの代表例として、ロンドン、ブルックリン、ベルリンなどがある(下段コラム参照)。
「60年代から見られたジェントリフィケーションですが、顕著になったのは90年代後半。世界的な経済の衰退を政策でもって改善しようということから、ニューヨーク、ロンドン、東京などの大都市で都市再生という名のもとに土地利用などの規制緩和が行われ、結果的にジェントリフィケーションを引き起こしました。例えば、ロンドンのテムズ川沿岸にあった工場や倉庫は閉鎖されて高層共同住宅となったり、テムズ川南東のルイシャムでは当局が財政難に陥ったため、公共住宅が2002年に民間の住宅開発業者に売却され、29階建てに増築されたりしました。また、ニューヨークのブルックリンでは、2000年代、ヒスパニックが多かった地区に白人が入ってきて所得階層が変わり、直接的な立ち退きはなくても、近隣の庶民的な食堂が高級レストランに変わってスーパーがなくなるなど、商店街の変化により社会的排除が行われました。こうしたジェトリフィケーションを引き起こしているのは、不動産価格上昇に期待している開発業者、大手資本。投資する側はこれによって街が美しくなると礼賛していますが、アカデミックの分野では批判的に論じられることが多いですね。“街が美しくなる”といっても、誰のために美しくなったのか――。もともと住んでいた人たちにとって大切な街が壊されたのであれば、それは問題だという考え方です」(藤塚氏)