──年齢不詳、職業不明、痛風持ち……老獪タカスが、自らの五臓六腑をすする気合で過激に告白&提言
7月26日にオウム元幹部6人の死刑が執行され、モヤモヤしていると、翌日から台風12号が接近し、予定されていた八丈島行きが1週間延期になった。その間、死について否が応でも考えさせられた。
7月6日、麻原彰晃を含め、オウム真理教幹部7人の死刑が執行された。同月26日にはまた6人執行され、一連の事件で死刑が確定した計13人全員が死んだ。
死刑制度に対しては賛否あるが、私は反対だ。どんなことがあっても国家が人間を死に追い込んではならない。特にオウムには、生かしてもっと聞き、書かせて、残さなければいけないことがあったのではないか。日本は死刑をやめて、代わりに終身刑、流刑を取り入れるべきだ。
日本で死刑制度に反対していたベスト4といえば、麻原の国選弁護人を務めていた弁護士の安田好弘、ジャーナリストの魚住昭、辺見庸、そして田原総一朗。この4人は、今こそモノを言うべきだが、なぜかほとんど出てこない。一人は行方不明、一人は変節、一人はうつ病……に近い状態。田原に至っては、7月27日に『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)を放送していたが、なぜかトランプ特集だった。田原は死刑制度とオウム真理教を取り上げたかったはずだが、論客が集まらなかったのではないか。そのくらいオウムに対しては、死刑制度の是非とは別に、断固たる拒否を日本国民から感じる。
一方、国家による裁きではなく、自分自身に死の裁きを下すことはどうなのだろうと最近考える。故・西部邁の件があったからだ。
15年ほど前、西部と初めて八丈島の八丈神社で会った。西部は60年安保闘争の学生運動家で東京大学で活動していた。私は1968年に、防衛庁に丸太を持って突っ込み、パクられた。もちろん西部のことは知っていたし、西部も私を見てすぐに「中央大学の高須くんか」と声をかけてきたから、存在は知っていたのだろう。
八丈神社で彼は「自裁死」の話をしていた。自分で裁いて死にたい、と。それから「高須、テレビなんかに出るなよ、みっともないから」とも言っていた。