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町山智浩の「映画がわかるアメリカがわかる」第121回

『否定と肯定』――“否認”を切り崩せ!ホロコースト否定論を迎え撃つ法廷劇

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『否定と肯定』

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1994年、英歴史家のアーヴィングはホロコースト否定論を主張していた。これに対し、ユダヤ人女性の歴史学者・リップシュタットは自著において、アーヴィングの説に真っ向から否定。やがてアーヴィングは名誉毀損でリップシュタットを提訴し、2000年、裁判が開廷される。
監督:ミック・ジャクソン、出演:レイチェル・ワイズ。全国公開中。


「ヒトラーがホロコーストを命じた証拠はあるのか? それが出せれば、この1000ドルをやろうじゃないか!」

 1994年、ユダヤ近代史家デボラ・リップシュタットが、ジョージア州アトランタのデカルブ大学でホロコーストについて講義していると、客席から中年の男が立ち上がり、ドル紙幣を掲げてそう叫んだ。

 男はデヴィッド・アーヴィングという英国人。77年に「ヒトラーはホロコーストを命じていない」という主張の『ヒトラーの戦争』(早川書房)でセンセーションを起こした。彼についてリップシュタットは93年に著書『ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ』(恒友出版)で「反ユダヤ主義に基づいて事実を歪曲する、えせ歴史家」と断罪した。そしてアーヴィングはわざわざアメリカまで来て、彼女に挑戦したのだ。

 ヒトラーはホロコーストの命令書を書いていない。ユダヤ人絶滅はナチ自身も犯罪だと自覚していたので秘密裏に行われた。東方への移住と称してポーランドのアウシュヴィッツに送り、死体は痕跡も残らぬように焼却し、ガス室も爆破して証拠隠滅を図った。その証拠の少なさが、ホロコースト否定派を生み出してきた。

 アーヴィングはさらに英国でリップシュタットと出版社ペンギン・ブックスを名誉棄損で訴えた。英国では訴えられた被告側に立証責任がある。リップシュタットは、アーヴィングが資料や証拠を歪曲してホロコーストを否定したことを、法廷で証明する羽目になった。2003年、ホロコーストの真偽が法廷で問われる歴史的な裁判が始まり、全世界が注目した。

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