――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
『物語 カタルーニャの歴史―知られざる地中海帝国の興亡』(中公新書)
[今月のゲスト]
田澤 耕[法政大学国際文化学部教授]
世界では、イギリスのスコットランド、イラクのクルド人自治区など、40~50の地域で独立運動が起こっているが、実際、「独立宣言」まで強行するケースはほとんどない。その意味において、スペイン北東部のカタルーニャ州が独立宣言に踏み切ったことは、近年では稀なケースだろう。その背景にはこれまでの独立運動とは異なる問題があるという。
神保 今回は、スペイン・カタルーニャの独立を取り上げようと思います。
宮台 カタルーニャといえばスペインでもっとも豊かな場所。気になるのは、アメリカで裕福なタウンが「税金が自分たちのために使われないのはおかしい」として郡(カウンティ)から独立する動きが、ここ数年続いていること。カタルーニャの場合も、似たところがあるのかどうか。実は「カネの使い道に神経質になるのは、カネに還元できない問題があるから」です。僕が区長をサポートする世田谷区でも、独立を唱える人が昔からいます。
神保 東京都とは別の、独立した県になりたいということですか?
宮台 特別区制度の下で、豊かな区の税金が豊かではない区に配分されるため、税金が自分たちのために使われていないと怒る。僕はこう語ってきました。世田谷区は自給自足じゃなく、周辺自治体と相互依存している。自分たちだけが自分たちを支えていると思うのは思い上がり。同じ都の広域行政の恩恵を受け、実際に同じ都民だという意識もある。でも、こう語ってみてわかるのは「本当に同じ都民だという意識があるか」です。実は、労働党支持のリベラルが、ブレグジット(英国のEU離脱)に賛成した理由にも関係します。「仲間には財をシェアしていいが、仲間じゃない奴らが混ざっているぞ、叩き出せ」というわけです。キーワードは「仲間」です。
神保 今回は歴史の勉強もしつつ、カタルーニャの独立運動が、今世界各地で起きているナショナリズムの高揚のひとつの形なのかどうかも見ていきたいと思います。
ゲストは著書に『物語 カタルーニャの歴史―知られざる地中海帝国の興亡』(中公新書)や『カタルーニャを知る事典』(平凡社新書)などがある、法政大学国際文化学部の田澤耕教授です。日本には数少ないカタルーニャの専門家として、田澤さんは今、このような形でカタルーニャに世の中の目が向くことを、どう受け止めていますか?
田澤 深刻な事態だと考えています。というのは、もともとカタルーニャという土地は独立志向が強くなかった。地理的にも地中海に開いており、フランスとの間を隔てるピレネー山脈の切れ目にもなっているので、北側と南側を結ぶ回廊として商業、産業が発達した地域でもあります。国民性も非常にオープンだし、現実的です。自分たちの理想は持っていても、これまでは現実的に考え、「スペインの中にとどまることによって利益が得られるのであれば、多少の妥協は構わない」という感じでした。それが2010年くらいから急速に、独立の機運が高まってきたんです。それ以前に独立を支持していた人たちは、2割ほどでした。
神保 スペインでは北部のバスク州で、以前からかなり過激な独立運動がありますが、両者の動きにはどういう違いがあるのですか?
田澤 バスクにおいては、主に内戦中/内戦後、フランコの独裁政治による弾圧が非常に厳しかったことに対して、一部の人たちが独立に走りました。いわゆる過激派が中心で、人数的には少数派です。比較して、今回のカタルーニャの独立運動は、一般の人たちによって盛り上がってきているところが非常に大きな違いです。
神保 10年以降に独立機運が高まった背景に、何か直接のきっかけがあったのでしょうか?
田澤 明確にありました。まず重要なのが06年、すでに存在していた自治州の憲法にあたる「カタルーニャ自治憲章」を新しくしようということになったこと。フランコが1975年に死去し、その後に民主化が始まり、78年にスペインの現在の憲法ができ、そこで自治州が認められたので、その翌年にカタルーニャの自治憲章もできているわけです。それをベースにして、その後40年くらい、カタルーニャ語の復権であるとか、アイデンティティの復活であるとか、そういうことが連綿と続いてきました。そこで、現実を反映した形でもう一歩踏み込み、カタルーニャがひとつの民族であるということをさらに強調した内容を盛り込んだ新自治憲章が06年に制定されたのです。
これはもちろん、スペイン国会でも承認されました。ところが、当時野党だった現政府与党の国民党――フランコ政権時代の末裔が、「その自治憲章はスペイン憲法に違反している」として、憲法裁判所に提訴した。その裁判の判断が出たのが10年で、カタルーニャのアイデンティティにかかわる部分がバッサリと、違憲とされたんです。
具体的に言うと、「カタルーニャは、ひとつの独立した民族である」という部分。憲法で、スペインはひとつの民族であるということが大前提になっており、「この民主憲法が制定されるとき、お前たちも賛成したじゃないか。それなのに、自治憲章で“独立した民族”だと謳うのはおかしい」というのが、彼らの言い分です。
神保 そして憲法裁判所が、その言い分を受け入れたと。スペインには17の州がありますが、いずれも一定の自治権が認められている自治州なんですね。
田澤 外交、軍隊、徴税のようなもの以外は、だんだんと自治が拡大されています。その中で民族として自治州を持つ資格が歴史的にあるのは、カタルーニャ、バスク、ガリシアの3州だけ。しかし、中央政府が自治州を定めるときに、その3州だけにしてしまうと不公平になるというような論法で、そのほかの歴史的根拠がないところも含めた。日本でいう県みたいなものと、民族が違う自治州を、同列に並べてしまったんです。