――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。
上がり続ける日本の離婚率を食い止めるには、全国の市役所・区役所の戸籍窓口にテレビドラマ『最高の離婚』(フジテレビ系)のDVD全巻無料貸出コーナーを設置すべきである(わりと本気だ)。東京・中目黒に住む2組の子どもなし夫婦が織りなすラブコメの体をなす本作だが、結婚と夫婦生活と離婚に関する「不都合な真実」をあますところなく描ききった、王様の耳はロバの耳系・手加減なしの劇薬教科書と呼ぶにふさわしい。
濱崎光生(瑛太)と結夏(尾野真千子)の夫婦は、性格や価値観の不一致から結婚生活2年にして破綻気味。その近所に、光生の元カノである灯里(真木よう子)と諒(綾野剛)の上原夫婦(実は婚姻届を出していなかったことが後に判明)が引っ越してくる。4人は全員、30歳だ。
結論から言えば、光生と結夏の離婚は回避できずに物語は幕を閉じる。離婚を決定づけたのは性格の不一致でも、浮気でもない。ズバリ「子ども作るかどうか問題」だ。
光生は子作りに後ろ向き。病的に几帳面な彼は自分の生活スタイルが1ミリでも崩されることを善しとせず、子どもができることで今の生活が変化し、制御不能化することに我慢できない。
しかし結夏は子どもが欲しい。理由は、彼女が長らく抱いている承認欲求に根っこがある。ガサツで能天気に見える結夏だが、実はコンプレックスだらけで自己評価が低い。ものすごく仕事ができるわけでも、人に誇れる趣味や能力があるわけでもないからだ。しかし、子どもだけは心から好きになれる自信がある。結夏が子どもを欲しがる最大の理由は、母性の発露や「貴方と私のDNAを残したいから」ではない。自尊心のためだ。
世の男たちは、このような気分を抱きつつ、それをなかなか言語化しない(あるいはできない)女性が現実にも少なくないことをもっと知るべきだ。結夏同様、彼女たちは夫婦関係がかなり悪化してからでないと、この胸中を吐露しない。もしくは吐露しないまま去ってゆく。なぜ言わないかって? それこそ自尊心が許さないからだ。