歌川国貞の『上方恋修行』。こちらは幽霊が趣向として使われている作品で、実際には色情霊ではなかったというオチになる。
春画のなかでも幽霊が積極的に描かれるようになったのは、江戸後期のことです。その頃ちょうど、歌舞伎や文学界では大きな変革期が訪れており、スキャンダル性とグロテスクさ、ある種の生々しさを表現した作品が好まれるようになりました。例えば、歌舞伎で血糊を使って血しぶきを表現するようになったのもこの頃ですし、「お岩さん」で知られる『四谷怪談』をはじめとした“怪談モノ”が流行したのも同時期です。このような流れを受けて、春画も一部、そうした方向にシフトしたのでしょう。
ただ、春画については、実体験をもとにして描かれた作品というのはありません。色情霊を実体験として書いたのは、随筆がほとんどです。亡くなった亭主や女房が出てきて、それが幽霊と知りつつも性行為を続け、衰弱して自らも亡くなってしまった女性や男性など、本当に信じて、実話として語られているものが多数存在するんですよ。そういった話を原作とすることはなかったようですが、春画を描く浮世絵師たちもまた、色情霊体験を“実話”として信じていたからこそ、自分たちの作品にも取り込んでいったのではないでしょうか。ちなみに、色情霊をはじめとした怪談モノについては、春画ではすべて「開談」と呼んでいます。この「開」は女性器を意味しています。